karajanjanの日記

カラヤンについて語りましょう

1拍目ではないんです♬

2026年もあっという間に1ヶ月が過ぎてしまいますね。本当に「光陰矢の如し」ですね。

さて、本日は1拍目から始まっていない曲について綴ってみたいと思います。

音楽を音で聴いているだけだと、拍の頭から始まっていると思ってしまう曲って結構あるんですよね。ベートーヴェン交響曲で考えてみましょう。第5番「運命」。クラシックに詳しくなくても「ジャジャジャジャーン」で通じますよね。この「ジャジャジャジャーン」という言葉にも表れていますが、拍の頭からある音楽にとれますよね。でも実際、「運命」の楽譜は8分休符のあとに「ジャジャジャジャーン」なんですよね。なので、正確に言うと「(ウ)ジャジャジャジャーン」ですかね?なんで「運命」の出だしが合いづらいのか。譜面が「ジャジャジャジャーン」であれば、合わせるのはとても簡単だと思います。ですが8分休符の「ウ」があるから合わせづらい!でも、この8分休符があるからこそ、あの力強い「ジャジャジャジャーン」が奏でられるのです。

ついでに6番「田園」も休符の後にあの有名なメロディーが続くので、テンポやイメージは真逆ですが、5番と6番の出だしは似通ったところがあるのかもしれませんね。

では他に拍の頭と勘違いする曲はというと、先日、NHK交響楽団ファビオ・ルイージが演奏していたサン=サーンス交響曲第3番「オルガン付き」が有名です。この曲も、聴いているだけだと普通に聴こえるのですが、第1部では16分休符分ずれた音楽が展開されているのです!私はこの曲を何度か演奏したことがあるのですが、初めて演奏するときに自分の楽譜とスコアを見てびっくりしました。「ズレてる‥‥」と頭が白くなりました。なので、数えるのが大変なんです。少しでもずれると、自分が入る場所がわからなくなり、吹けなくなって(オケ用語でいうところの「落ちて」)しまうんです。

この曲、絶妙なズレが出てくるのは1部だけではないんです。第2部の6/8拍子、1拍と2拍目の8分休符分休んだ後に「ダカダカダン・ダカダカダン・ダカダカダー」と始まります。これも文字で起こすと本当に頭から始まっているような印象ですよね。でも「ウン・ウ・ダカダカ ダンダカダカ ダンダカダカ ダー」という譜割なんですよね。カタカナ表記で分かりづらくてすみません。でも、これからこの曲を聴くときにはオルガンの壮大さだけではなく、拍のズレを意識していただけると、より曲をスリリングに楽しむことができるのではないかと思います♬

私のお勧めの「オルガン付き」はカラヤンベルリン・フィルの演奏です。

               

1981年の録音で、この録音まで、カラヤンはこの曲を演奏した記録はありません。この録音、オルガンが別撮りで合成だそうです。オルガンはパリのノートルダム大寺院オルガニストのピエール・コシュローが担当しています。ただ、カラヤンはこの曲を1983年の演奏会で2回取り上げており、この時のオルガンもコシュローが担当していました。当然、オルガンはベルリン・フィルの大ホールのオルガンです。ちなみに、1983年の演奏会、アシュケナージソリストベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番とセットで演奏されました。すごいソリストを2人招いての演奏会だったようです。

 

他には、ブルックナー交響曲第9番の第2楽章にも言えることだと思います。重たい3拍子の楽章ですが、聴く限りでは「タタタンタン タンタンタン」なのですが、実は3拍目(いわゆる「アーフタクト」)から始まっているので、実際に吹いていると、結構頭が混乱してきます。譜割りとしては「ウン・ウン・タタ タンタンタン タンタン」なんですよね。私は、このカラヤンウィーン・フィルのライヴ録音をお勧めします。

                

 

あとは、シベリウス交響曲第1番でしょうか。交響曲第1番は今まで挙げた曲ほど有名ではないかと思いますが、この曲の第3楽章もアーフタクトから始まっているのです。聴いただけでは分からないと思いますが、やはり譜面を見ると「ズレてる‥‥」なんですよね。この曲も吹いてみて、この現象が起こっていることを知りました。

この曲はこちらが私のお勧めです。

                

バーンスタインウィーン・フィルの録音です。

バーンスタインシベリウスって意外にいいんですよね。イメージ的には合わないような気がしていたのですが、1番・2番・5番・7番をウィーン・フィルと録音を残しています。実に味わいのある演奏だと思います。ウィーン・フィルシベリウスもなんとなく合わない気がしていたのですが、そんなことはありませんでした。ぜひバーンスタインシベリウス、聴いてみてくださいね。

というわけで、今回は耳の錯覚とでも言いましょうか、実は1拍目では始まっていない音楽を取り上げてみました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

雨のコンダクター

今週は寒さの厳しい日が続きました。皆さん体調はいかがでしょうか?

さて、本日は、「雨のコンダクター」を紹介したいと思います。

以前、ハイドンの「戦時のミサ」を取り上げました。その際、曲の紹介と、これを指揮したバーンスタインをあの手塚治虫さんが「雨のコンダクター」という漫画にしたという話を綴りました。その記事がこちらです。

  

 karajanjan.hatenablog.com

 

 

この記事を書いた時はCDで「戦時のミサ」を聴いただけでしたが、クラシック好きの友人が「DVDと漫画がセットになっている未開封品があったから、喜ぶと思って!」とプレゼントしてくれました。

 

             

これがそのDVDと漫画のセットです。漫画の詳細な画像は載せられませんが、「バーンスタイン」という実名が出てきますし、絵もバーンスタインに寄せて描かれていますね。これからゆっくりと音楽、漫画を鑑賞したいと思います。

裏面には次のような解説が書かれています。

 

手塚治虫  雨のコンダクター

1974年手塚治虫はFM誌で「雨のコンダクター」というバーンスタインが実名で登場する漫画を発表した。これは前年、ワシントンで開かれたニクソン大統領の就任記念演奏会の同時刻に、ワシントン大聖堂でバーンスタインが催したベトナム反戦コンサート(「ハイドン:戦時のミサ」を演奏)を描いた漫画である。

 

バーンスタインは音楽を通して、愛や平和を訴えていました。また、その愛や平和を訴える音楽を奏でる若き演奏家を育てるために力を注いでいましたね。晩年は演奏者よりも教育者であることを仰っていたように思います。人格者という言葉がぴったりのマエストロでした。

DVDの帯に書かれている「時空を超えた巨匠同士の夢の競演!」というフレーズも心躍らされますね。人格者バーンスタイン反戦コンサートに漫画界の巨匠、手塚治虫さんが心を打たれたのでしょう。国や言葉は違えど、音楽が心と心をつないでくれた素晴らしい出来事ですね。

そんなバーンスタインが心から願った平和が、この地球に訪れますように♫

 

 

時代と共に表記は変わる

東京は昨日、今日と比較的暖かく過ごしやすい気候が続いています。東京の大学入学共通テスト受験生の皆さんにとっては良かったと思います。受験生の皆さん、頑張ってください!

さて、今日は音楽家の表記について綴りたいと思います。

今日のテレビ欄を見ていて、21時からのクラシック音楽館で演奏される曲目に「ニルセンの交響曲第4番『不滅』」とありました。数年前からですかね、この「ニルセン」という表記を目にしたり、耳にするようになったのは。個人的にはあまり聴く作曲家ではないのですが、私が所持しているこの作曲家のCDはこちらです。

               

カラヤンベルリン・フィルの録音です。1981年の録音です。カラヤンがこの作曲家を取り上げたのは交響曲第4番「不滅」だけで、実演ではこの交響曲を含めて一度も取り上げませんでした。曲は艶やかなところもあり、カラヤンベルリン・フィルサウンドには合っている気もしますが、あまりお気に召さなかったのでしょう。それでも、スコアとは異なり、カラヤンなりに楽譜を変えて曲を盛り上げたりしているそうです。思い入れがない割には、しっかりと曲を研究して、手を入れたのですね。このあたりはいかにもカラヤンらしい、小品さえも手を抜かないアプローチに通づるものがありますね。

本題です。このCDにもあるように、私はこの作曲家を昔から「ニールセン」と認識していました。数年前までは恐らく「ニールセン」が一般的だったように思います。ですが、急に「ニルセン」という表記を目にすることが多くなりました。ちょっと調べてみたところ、ニルセンはデンマークの作曲家なのですが、「ニルセン」あるいは「ニルスン」という表記の方が、デンマーク語の発音に近いそうです。「ニールセン」と読んでいたのは、ドイツ語的な読み方だそうです。ここのところ、音楽家の自国での発音、表記が尊重されるようになってきましたよね。これはロシアとウクライナの戦争がきっかけだったように思います。ムソルグスキーの「展覧会の絵」の終曲は多くの人たちは「キエフの大門」でインプットされていたと思いますが、「キエフ」はロシア的な読み方で、ここを首都としているウクライナでは「キーウ」と読んでいるので、地図やニュースでは「キーウ」に変わりました。それに従い、曲目解説などは「キーウの大門」に替えたものを多く目にするようになりました。こういった流れからデンマーク語に近い「ニルセン」が主流となったのでしょう。

楽家の中には「ニールセン」から「ニルセン」のようにいつの間にか呼び方や表記が変わった人たちがいますね。1960年あたりは、まだ英語以外での読みがきちんとされていなかったこともあり、メゾソプラノとのアグネス・バルツァはプログラムに「アグネス・バルトサ」と記されていたと、どこかの本で読んだ記憶があります。また、私の実家にはベームベルリン・フィルの未完成交響曲のLPがあるのですが、そこには「指揮:カルル・ベーム」となっています。今では「カール」ですが、「カルル」と伝わっていた時期もあったのですね。

まあ、古い時代から新しい時代になり、様々な外国語が理解され、少しずつ人名などの表記が変わることはなんとなく理解できます。ですが、1980年代以降デビューした音楽家の名前も変わっていますね。一番驚いたのはピアニストの「クリスティアン・ツィンマーマン」です。私が彼を知ったのはカラヤンとのシューマンとグリークのピアノ協奏曲のCDです。それがこちら。

              

よく見ると「ツィマーマン」となっていますが、長らくの間、「ツィンマーマン」または「ツィマーマン」の認識でいました。ちなみにバーンスタインとのベートーヴェンのピアノ協奏曲やブラームスのピアノ協奏曲でも「ツィマーマン」の表記です。ですが、いつのまにか「ツィメルマン」になっているではありませんか!はじめ、この「ツィメルマン」と目にした時、新たなピアノストが登場したと思ってしまいました。でも、CDのジャケット等で見ると、年を重ねた「ツィマーマン」の姿ではありませんか。これも母国であるポーランド語の発音に近いのが「ツィメルマン」のようです。いつから「ツィメルマン」になったのか記憶にはありませんが、ラトルとベルリン・フィルで録音したバーンスタイン交響曲第2番「不安の時代」のCDでも「ツィメルマン」ですね。バーンスタインの指揮での映像作品の方では「ツィマーマン」。カラヤンバーンスタイン亡きあと、しばらくは「ツィマーマン」だったと思いますが、ロシアとウクライナと関係なく、かなり前から「ツィメルマン」が一般的になりましたね。なぜそうなったのかは分かりませんが、自分も世界で自分名前が呼ばれる時、日本語の発音で呼んでもらいたいと思います。なので、母国語で表記する、発音するというのは当然のことで、それまでがドイツ・オーストリアアメリカ中心にジャケットの表記や呼び方が決められてしまっていたのかもしれませんね。他の音楽家も発音が変わった人がたくさんいるのではないでしょうか。

楽家ではないですが、英語では「マイケル」、ドイツ語では「ミヒャエル」、もとは大天使「ミカエル」ですもんね。「ジャン」も言語によって「ヤン」だったり「ジョアン」など色々な発音になってしまいますからね。音楽というより、「言葉」って難しく、深いものだと改めて考える1日となりました。

他に発音が変わった音楽家がいましたら、是非、教えてください♪

 

交響詩「ドン・キホーテ」

年が明け、少し落ち着いてきたでしょうか。意外と暖かい日が続いていますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さて、本日はR・シュトラウスの作品を取り上げたいと思います。なんだか無性にR・シュトラウスが聴きたくなってしまったので、本日ステレオにセットしたCDはこのCD。

                

カラヤン指揮、ベルリン・フィルの1965年の録音です。ご存知の方も多いと思いますが、この交響詩は2人のソリストを必要とする曲です。ですが、協奏曲とは違ったスタイルなんです。セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」の世界をR・シュトラウス交響詩で描いた作品です。主人公のドン・キホーテにチェロを、ドン・キホーテの従者であるサンチョ・パンサヴィオラを割り当てて、小説の世界を再現しています。ドン・キホーテのチェロは有名なソリストが受け持ち、サンチョ・パンサヴィオラはオーケストラの首席ヴィオラ奏者が務めるのが一般的なようです。ドン・キホーテ以外は基本的に脇役ということなのでしょう。作品中には色々な楽器のソロも登場し、各楽器の首席奏者が担当しています。というわけで、チェロだけは特別扱いで、この録音ではあの有名なピエール・フルニエが担当しています。(ヴィオラはジュスト・カッポーネ)

このCDを聴き終わって、さらに、違う演奏も聴きたくなったので、セットしたのがこのCD。

               

同じく、カラヤンベルリン・フィルの録音ですが、チェロはロストロポーヴィチが担当しています(ヴィオラはウルリヒ・コッホ)。こちらは1975年の演奏なので、ちょうどフルニエとの録音から10年後ということになります。

皆さんはこの2つはどのような演奏だと思いますか?

お二方とも泣く子も黙るほどの、名チェリストで、当然、ドヴォルザークのチェロ協奏曲でも名盤が残されています。勝手なイメージかもしれませんが、フルニエの方が優しい音色で、ロストロポーヴィチの方が男らしい強烈な演奏と思う人が多いのではないでしょうか。ところが、私が今回聴いた印象はどちらかというと、逆で、フルニエの方が勇ましい音色でグイグイオケを引っ張っていく感じがしました。

曲全体は45分くらいかかります。CDでは序奏、第1変奏など変奏曲ごとにトラック分けされているのですが、驚くことに、このフルニエとロストロポーヴィチの演奏、トラックごとの演奏時間がほとんど変わらないんです。これって凄いことだと思いませんか?カラヤンの演奏時間の正確さには定評があるので、昔の演奏と晩年の演奏でほとんど演奏時間が変わらない曲は多々ありました。しかし、それはカラヤンが完全に(完全は言い過ぎかもしれませんが)音楽を掌握している状況であるからこそできる技だと思うんです。しかし、この「ドン・キホーテ」、違うソリストを起用していながら、ほとんど演奏時間が変わらない。単純に、フルニエとロストロポーヴィチのテンポが同じというわけではないんです。2人のアプローチは当然違います。主題のテンポのとりかたは個人的にロストロポーヴィチの方が速い気がします。ですが、カラヤンは2人のテンポにうまく対応して、1つの変奏曲としてのまとまりは、2つの録音で同じ感じに仕上げているわけです。その結果が同じ演奏時間というのはある意味神業なのではないでしょうか♬

先程も述べましたが、フルニエの方が音が太く、力強い響きがします。テンポもややゆったり目に作り上げています。「頑固なちょっとめんどくさい素早くは動けない老人」を見事に表現しているように思います。その分、カラヤンはフルニエのソロが終わると、「ドン・キホーテさん、違いますって!」とベルリン・フィルを煽りがちに、しかも各楽器の音もはっきりと強く演奏させています。まさに「ドン・キホーテ」が様々な出来事と張り合っている場面が非常にうまく表現されている演奏だと思うんです。

一方、予想に反して、ロストロポーヴィチは意外にスマートに演奏をしています。テンポもやや速め、それに対してカラヤンは「ドン・キホーテさん、そんなにせかせかしなくてもいいのでわ?」といわんばかりに、少しゆったりしたテンポでチェロを包み込んでいきます。この時期のカラヤンはスタイリッシュでスマート、テンポも速めのような気がします。ロストロポーヴィチもこのスタイルに合わせた弾き方をしていた可能性がありますね。カラヤンも、もたもたした老いぼれの「ドン・キホーテ」ではなく、もう少しシャキッとした主人公を思い描いたのかもしれません。その分、周りを少し弱くしたり、ぼかしたりしたのではないでしょうか。

全ては私の妄想でしかありませんが、個人的にはフルニエとの「ドン・キホーテ」の方が好きですね。皆さんはどちらの巨匠の「ドン・キホーテ」がいいでしょうか?

さらにもう1つ。このCDも比較してみます。

               

カラヤンベルリン・フィルの最後の「ドン・キホーテ」。1986年の録音です。ロストロポーヴィチとの録音からさらに10年経っての録音です。ここでのチェリストはアントニオ・メネセスです。(ヴィオラはヴォルフラム・クリスト)今までの2つの録音には巨匠的「ドン・キホーテ」を求めたカラヤンですが、今回は若手チェリストを起用しました。晩年はムターやツィメルマンキーシンといった若手のソリストを起用することが目立ちました(メネセスはブラームスの二重協奏曲でも起用されています)。

この演奏は全体的に速いテンポで奏でられています。ソリストが速く弾いているというわけではなく、冒頭もそうですが、オケだけの部分など明らかに速めで、しかも軽い演奏です。ロストロポーヴィチで表現しようとした「ドン・キホーテ」ともまた違った性格を持たせようとしています。どちらかというと「あまり個性の強くない、弱めのドン・キホーテ」とでもいいましょうか。個性が弱まった分、ストーリーも粘ることなくあっさりと読み、聴けるようにとカラヤンは考えたのではないでしょうか。その結果、今度は演奏時間が少し変化したのでしょう。また、メネセスは技術的に素晴らしいと思うのですが、この時点では2人の巨匠と違い、たっぷりとしたテンポには耐えられなかったかもしれません。メネセスが表せるスケールの大きさをカラヤンが計算して設定したテンポだったのかもしれません。

以上、カラヤンの3人のチェリストとの「ドン・キホーテ」を語ってみました。

ドン・キホーテ」に関しては、ロストロポーヴィチがサイトウキネン・オーケストラで小澤征爾さんと取り組んでいるドキュメンタリーを観て感動した思い出があります。ロストロポーヴィチが曲の細かい表現や、どの音が何を表しているかなどを小澤さんやオケに教え込んでいました。「風車の4つの羽根を4つの音で表現しているからゆっくりと!」という部分が一番印象に残っています。でも、この解釈、カラヤンとの録音には反映されていない気がします。R・シュトラウスを得意としているカラヤンにはさすがに注文はつけられなかったのでしょうね。

長文となりすみませんでした。それでは!

 

2026年ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート♫

皆さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。2026年は特に大きなトラブルなくスタートしましたね。一安心です。

さて、1月はウィーン・フィルニューイヤーコンサートを観ないと(聴かないと?)始まらない私ですが、今回の指揮はヤニック・ネゼ・セガン。全く聴いたことがない指揮者ではないのですが、あまり注目してきませんでした。なので、昨年、指揮者が発表された段階で「この指揮者にウィンナーワルツは合うのかな?」という疑問と不安を抱いてテレビの前に座ることとなりました。

ニューイヤーコンサートを観た結論としましては、「最高」でした♫ここ数年のニューイヤーコンサートの中では最も素晴らしいものだったように感じました。

               

セガンが振ると、オケのサウンドが太く鳴りますね。以前、テレビで放送されたセガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏を聴いた時にそう感じたのですが、このウィーン・フィルとの演奏でも同じ感じを受けました。でも、この「太く鳴る」というのは決して悪い意味ではなく、オケのサウンドが豊潤になるということです。なので、ポルカギャロップ、ワルツは聴く人によっては骨太に思ったかもしれませんが、私は芯のしっかりとした素晴らしいサウンドに聴こえました。

選曲もニューイヤーコンサート初の曲、女性作曲家の曲、平和をテーマにした曲など、とても聴きやすいいいプログラムだったと思います。

第1部は2曲目のツィーラー作曲の「ドナウ川の物語」が良かったと思います。初めて聴いた曲ですが、華やかであり、優雅でもあり、シュトラウスとは違った美しさが味わえました。セガンの指揮ぶりもとてもよかったです。

第2部はプライス作曲の「レインボー・ワルツ」が面白かったです。女性作曲家の作品で、ラテンアメリカ音楽の要素が盛り込まれている華やかな曲でした。セガンのキャラクターにも合っていたように思います。

ワルツ「南国の薔薇」は私が大好きな曲で、今回、プログラムに載っていて嬉しかったです。しかし、今回1番良かったと思ったのは、「コペンハーゲン蒸気機関車ギャロップ」でした。蒸気機関車を表現するパーカッションや汽笛など、色彩豊かな曲で、テンポも速く、とてもエネルギッシュ♫セガンのオケへの指示も的確でした。

そして、アンコールの「美しく青きドナウ」の前のセガンのスピーチも「平和」をメインテーマに据えたコメントでとても心に刺さりました。ちょっと残念だったのが、ここまで素晴らしいサウンドで非の打ち所がない様な演奏、素晴らしいテンションだったのですが、この十八番の「ドナウ」のサウンド、ピッチが「あれ?」と思えるものだったということです。少し緊張の糸が切れたのかもしれませんね。でも、決してダメな演奏というわけではないんですよ。それまでが凄すぎなんです。あと、これは好みの問題ですが、ウィンナーワルツの際に、三拍子のリズムが独特であるウィーン風の訛りがあまり感じられませんでした。このリズムを聴いて、ウィンナーワルツらしさを感じる人もいるかと思います。ですが、セガンはオーソドックスに三拍子を処理していたように思います。これはこれでありだと思いました。

そしてお約束の「ラデツキー行進曲」。この演出が憎い!セガンが客席から登場し、聴衆を指揮し、ムジークフェライン全体の心を一つにしました!ラデツキー行進曲の途中から聴衆は総立ちです。こんな盛り上がった素晴らしいコンサートは今までなかったのではないでしょうか?本当に楽しめたニューイヤーコンサートだったと思います。

ありがとうセガン♪

この演奏会ではいくつか面白い演出もありました。まず、オケのメンバーが曲の前や曲中に歌うんです。ウィーン・フィルのメンバーはとても楽しそうに歌っていました。特に、「エジプト行進曲」では朗々と歌声を響かせていました。また、「コペンハーゲン蒸気機関車ギャロップ」ではセガンが笛を吹いたり、信号でオケを指揮したりと、楽しませてもらいました。実は、こういったニューイヤーコンサートの演出、歴代の指揮者が色々とやってくれていますよね。クライバーポルカ「観光列車」で汽車笛を自ら吹いてくれました。プレートルは「スポーツポルカ」でサッカー選手のようにスポーツタオルか肩からかけ、サッカーボールを持って登場していましたね。

               

そして、カラヤンポルカ「雷鳴と電光」で曲の最後、バルコニーからクラッカーが放たれるのですが、その時に胸を打たれたように演技しているんです。あのカラヤンがお茶目に演技しているなんて、本当に貴重な映像だと思います。また、曲の中でオケのメンバーと一緒に叫んだりもしています。やはり、ウィーン・フィルニューイヤーコンサートはマエストロ達にとっても特別な場所なのでしょうね。

このコンサートを観ていて、客席にバイオリニストのムターそっくりの人が何度か映ったのですが、そっくりなだけですかね?有名な演奏家が来てもおかしくはない演奏会なので、映っていたのはムター本人のなのかもしれませんね。

今年もいい音楽鑑賞からスタートを切ることができました。良い1年になる予感です!

 

驚愕♫

2025年も残りわずかとなりました。

今年は色々な音楽と向き合う1年となりました。聴き直してみての再発見や新たな作曲家の曲、今まで聴いていなかった隠れた名曲など、色々な形でアプローチできたように思います。

さて、今年最後の記事は、今年自分にとって「推し」の作曲家であったハイドン交響曲について綴りたいと思います。曲はずばり「驚愕」です。「ビックリシンフォニー」という愛称でも親しまれているこの曲ですが、正式には交響曲第94番ト長調Hob.Ⅰ:94「驚愕」です。第2楽章の静かなメロディーの終わりに、突如、ティンパニが強打を一発叩いて、聴衆を驚かせるところからこの名称がついているそうですが、ドイツ語では「Mit dem Paukenschlag」と題されています。「Paukenschlag」とはドイツ語で「ティンパニ」のことです。なので、「ティンパニのある交響曲」という感じでしょうか。

今回はこちらのCDを聴いてみました。

              

バーンスタインウィーン・フィルの演奏です。1985年のライヴレコーディングです。以前、「戦時のミサ」を紹介した際に、バーンスタインハイドンの相性の良さを紹介しました。よろしければこちらの記事もまたご覧いただければと思います。

karajanjan.hatenablog.com

1980年代のバーンスタインは曲によっては極端に遅く、胃もたれを起こしそうな演奏もあることはあるのですが、ウィーン・フィルとのハイドンモーツァルトは絶品なのではないかと思います♫このハイドンもやはり素晴らしい出来になっていますよ。テンポはどちらかというと軽快です。粘着質の演奏を思い浮かべた方、ご安心ください、心地よく聴くことができますよ。面白いことに、ライナーに旧録音であるニューヨークフィル(1971年録音)との演奏時間の比較が載っていました。3楽章は5分28秒と新旧録音共に同じ時間なのですが、その他の楽章は新録音のウィーン・フィル晩の方が速い演奏になっているんです。繰り返しの問題はありそうですが、繰り返しの要素を除いても、テンポは速いと記されていました。実に珍しいケースですね。基本的にバーンスタインは1990年に近づけば近づくほどテンポは落ちていきますから、若かりし頃よりもテンポが上がってるということにある意味「驚愕!」でした。

バーンスタインの演奏といつも聴き比べているのがカラヤンベルリン・フィルの演奏です。そのCDがこちらです。

              

こちらの演奏は皆さんお想像通り、ゴージャスなハイドンです。ハイドンの素朴さやこぢんまりとした雰囲気が好きな方には向かないかもしれませんね。

1楽章はバーンスタインよりもやや重たい印象を受けます。オケの編成の違いも影響しているような気がします。バーンスタインの演奏はとても活き活きとしています。縦のリズムがはっきりとしています。この演奏は映像でも観ることができるのですが、とても楽しそうに力まずにタクトを振るバーンスタインがとても印象的でした。カラヤンはやはりレガート気味の演奏です。演奏時間はカラヤンが9分37秒、バーンスタインが9分06秒です。

問題は第2楽章。私は初めてカラヤンの「驚愕」を聴いた時、このテンポは受け入れられませんでした。速すぎるんです。こんなに高速で音楽が進んでしまっては、ティンパニの一撃のための間が作れないではないか!と思っていたのですが、そこはさすがにカラヤン、テンポと関係なく、凄まじいティンパニの一撃(恐らくフォーグラー氏ではないかと思われます)で本当にびっくりしました。でもちょっと私には速い。そこで、バーンスタインの演奏を聴いてみると、実に自分にマッチしたテンポ設定で演奏してくれています。このくらいゆっくり有名なメロディーを奏でてくれた後なら、待ってました!とばかりにティンパニの一撃を味わうことができますよ。演奏時間はカラヤンが5分36秒、バーンスタインが6分33秒、1分近くの差がありますね。

第3楽章のMenuetはバーンスタインはやや重たいかもしれません。1,2楽章から比べるとバーンスタインの晩年の癖が出たのでは?と思わせるテンポです。でもとても丁寧に演奏されています。いつもよりもややレガート気味にウィーン・フィルを操っていますね。一方のカラヤンはかなりキビキビとした音楽づくりをしています。テンポは速く前に進めようとしていますが、やはりオケの編成が大きいからでしょうか、それほど軽さが出てこない印象です。キビキビとしているのですが、どことなく重たさもありますね。でもカラヤンレガートはあまり目立ちません。この楽章に関してはいつもの2人が入れ替わっている?くらいの印象でした。演奏時間はカラヤンが4分11秒、バーンスタインが5分28秒です。この楽章もカラヤン方が1分近く速いですね。

第4楽章は甲乙つけがたい演奏だと思います。ハイドン交響曲、特にロンドン交響曲に属する作品は1楽章が1番ゴージャスで充実していて、第4楽章が短く速いテンポで終わるケースがほとんどですね。ややバーンスタインのテンポの方が速い気がしますが、それほど大きくは変わらないと思います。テンポではなく、やはりバーンスタインの方が縦のリズムを意識した跳ねるような演奏になっているのに対し、カラヤンはやや横への広がりを求めた音楽づくりになっているような気がします。演奏時間はカラヤンが3分58秒、バーンスタインが3分47秒です。

以上、2人の「驚愕」を比べてみましたが、3楽章を除いてはバーンスタインの音楽作りの方が個人的には好きという結論に達しました。カラヤンは古典派の作品では意外とメヌエットの楽章が遅いことがあるのですが、この「驚愕」に関しては遅くなかったようです。103番とか104番は全体的に遅めの設定で演奏してますね。

というわけで、この記事でもって、2025年を締めたいと思います。2026年はいい意味で「驚愕」な1年になることを祈念してこの交響曲を選んでみました♫

私の記事はほぼほぼクラシックとHAWAIIで、特にクラシックの記事に関してはあまり面白みがないものが多いと思うのですが、お付き合い下さり、ありがとうございました。お陰様で、だいたい1日30名近くの方がアクセスしてくださるようになりました。月だと1000名を超えるようになってきました。ありがたいことです。

また2026年もよろしくお願いいたします。

 

シベリウス交響曲第4番 難解?

ここ数日、寒い日が続きましたね。冬らしいと言えば冬らしいのですが‥‥。

さて、本日はシベリウス交響曲第4番について綴りたいと思います。

私は、「シベリウスと言えばフィンランディア♬」と答えてしまうほど、シベリウスサウンドフィンランディアと考えてしまっています。あとはヴァイオリン協奏曲ですかね。美しい朗々としたメロディーから悲哀に満ちたメロディー、ゴツゴツしたリズムなどが特徴かなと思っていますが、皆さんはいかがでしょうか?

実は、私はシベリウス交響曲はどの曲もそれほど興味をそそられる響きではないと感じているんです。とは書きましたが、第1番と第2番は比較的メロディックで美しい部分が要所要所に散りばめられている、いい曲だと思います。個人的には第1番を演奏したことがあり、かなりうまく演奏でき、曲の響きとオケの音、自分の音がとてもはまった演奏会でした。第2番はちょっと興味はあるのですが、まだ演奏したことはありません。

そんなわけで、第3番~第7番までは今まであまり聴こうという気分になれませんでした。CDは持っていますが、なかなかそのCDに手を伸ばしていませんでした。3番以降はなんだかメロディーらしいものがはっきりと捉えられないこと、モヤモヤして何だかわからない音楽が続いていくこと、メロディーがあっても、「美しい!」と思える展開になってくれないことなど、好きになれない要因がいくつか挙げられます。

ですが、第4番と久しぶりに向き合ってみることにしてCDをかけ始めました。その演奏がこちらです。

             

カラヤンベルリン・フィルの演奏で、1965年の録音です。カラヤンシベリウスは比較的アンチ・カラヤン派にも定評があるようですね。シベリウスの繊細さや厚みのあるメロディーにベルリン・フィルの音は非常にマッチしていると思うんです。なので、今まで向き合えなかったシベリウス交響曲の印象を変えてくれるかな?と思って聴いてみたのですが、正直、あまりこの曲への印象は変わりませんでした。

まず、曲の出だしからして、オケがどうのこうの、指揮者が誰という問題ではなく、暗くドロドロとして、何が奏でられているのか分からないという印象です。「混沌」という言葉がぴったりかもしれませんね。この「混沌」が「シベリウスサウンドだ!」と全く思えないのは私だけでしょうか?モーツァルトベートーヴェンブラームスの曲はだいたい少し聴けば誰の曲か分かるじゃないですか!ブルックナーマーラーも分かりやすいかもしれませんね。ある意味、ショスタコーヴィチの曲も分かりやすいかもしれません。曲をしばらく聴いていけば、その作曲家らしいサウンドがはっきりと聴こえてきますからね。でも、このシベリウスの第4番、しばらく聴いてもシベリウスらしさが登場しないんです。少し、メロディーっぽい動きが出てくるのですが、一瞬「ショスタコーヴィチ?」と思ってしまうような和音、サウンドなんです(耳のいい方はこの段階でシベリウスサウンドと聴き分けていらっしゃるかもしれませんね)。そして、少し盛り上がったと思うと、すぐにテンションが下がり、静かなメロディックでない音楽へと戻っていくような気がします。改めて解説を読んでみたのですが、フルオーケストラとして演奏する箇所がほとんどない交響曲なんだそうです。基本的に数パートがアンサンブルを奏でているといった曲なのかもしれませんね。だから、あまり盛り上がって聴こえる箇所がないのでしょう。1楽章から4楽章まで聴き終えて、「美しかった!」とか「激しい音楽だった!」とか「楽しかった!」という感情が全く湧きませんでした。曲の最後も静かにドロドロとして終わっていきます。とても不思議な曲だと思います。不思議というか、私にとっては「難解」そのもの。この曲をどう解釈していくべきなのか、全く頭にも浮かばないんですよね。でも、決して「こんな曲、二度と聴きたくない!」とは思わなんです。なんとなく神秘性を感じる部分もあります。

ここまで、第4番に対する愚痴になってしまいましたが、シベリウスが得意と言われているカラヤンがこの曲をどれくらい取り上げているか調べてみると、なんと、実演では8回しか取り上げていないようです。1960年以前に3回(オケはフィルハーモニア管弦楽団)、1960年代に3回、1970年代に2回でした。1960年以降はベルリンフィルとの演奏ですが、1960年代は同じシベリウス交響曲第5番交響詩フィンランディア」というプログラム、1970年代はベートーヴェン交響曲第7番とのプログラムでした。

録音は2度(もう1回はEMIで1976年)していますが、それほど演奏会では取り上げていなかったんですね。人気のある第2番の実演は1度もないんですよ。驚きですよね。第3番に至っては録音も実演記録もないので、カラヤンが全く向き合いたくなかった何かがあったのでしょうね。唯一第5番だけは20回以上の実演記録があり、1970年代後半まで取り上げていました。交響曲ではない小品(「フィンランディア」や「悲しきワルツ」など)はちょこちょこ取り上げていたようですね。

今回は第4番について語ってみました。今後、第5番、第6番についても記事にできたらと思っています。その際はまたお付き合いいただけたらと思います。