今日で10月も終わりますね。もう年末年始を意識する時期になってしまいました。「光陰矢の如し」ですね。
さて、本日は、協奏曲に焦点をあてて綴りたいと思います。
ここのところ、ふと手に取るCDは協奏曲の率が高いので、協奏曲について自分なりに考えてみました。
テンポ、速くないですか?
ここ数年、プロ、アマチュア含めいくつかの協奏曲がプログラムに含まれる演奏会の感想なのですが、「基本的にどの演奏もテンポが速い!」ということです。モーツァルトのピア協奏曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、ドヴォルザークのチェロ協奏曲、他。私だけかもしれませんが、「もう少しゆっくり音楽を楽しませてくれないか?」と感じました。速いテンポ感の演奏が好きな人には文句ない演奏かもしれません。高速で最終楽章を弾ききった瞬間に熱狂的な拍手や歓声が起こるのも理解できます(しかし、ここ最近、フライングブラボー問題もあるので演奏直後の歓声や拍手は要注意ですね)。それにしても、特に第1楽章はもっとゆっくりと聴かせるフレーズはあるのではないかといつも思っていました。
速さと若さは比例する?
テレビなどで放映される協奏曲も比較的速い演奏が多いと思いますが、皆さんはどう思いますか?よくよく考えてみると、最近のTV放映などでソリストを務める方は、若い方が多いですよね。もちろん巨匠が満を持して登場してその芸術性を繰り広げてくれることもありますが(現在、トップレベルと考えられている、アルゲリッチなどはかなり速めのテンポどりをして、情熱的に曲をまとめている印象があります)、若い、これからの有望株、または今話題のソリストが登場する機会が必然的に多いことでしょう。そのせいなのか、総じて私にとっては落ち着いて聴けるテンポでの演奏はそう多くはないという感覚を抱いています。若い人は総じて、速いテンポを好んでいるんでしょうか?
指揮者とソリストの関係
ここで、「演奏のテンポはソリストが決めるの?」と疑問を抱かれた方もいるでしょう。この点に関しては、以前、こんな記事を掲載しましたので、合わせて読んでいただければと思います。
この疑問に対する答えはもちろん「NO!」です。指揮者とソリストが事前に打ち合わせをして、方向性を確認したうえでテンポや解釈が決定されることが多いですね。とは言え、当然、指揮者とソリストの意見が50%/50%で取り入れられるわけではありません。どちらかの力が強ければそちらになびくでしょうし、スポンサー等の意向が働けば、スポンサー側の演奏家の意向が尊重されることになるでしょう。
先程、若手のソリストの登場が目立つと書きましたが、その傾向が強ければ、ソリストはまだ音楽家としては駆け出しで、経験値からすると指揮者にイニシアチブがありそうです。ですが、実は、最近の指揮者、やはりテンポが比較的速いように思うんです。私が往年の巨匠たちの演奏を聴きすぎていて、そのテンポ感や曲の持つ雄大さがスタンダードになってしまっているからでしょう。ちょっと純粋にその曲と向き合うことができていないのかもしれませんね。反省です。もしかすると、ピリオド奏法がはやり出したあたりから、カラヤンのようなレガートで音をたっぷり弾くという流れが変わった気がします。弓を速く動かして、ビブラートもあまり加えず、軽く速めに立ち上がる音で演奏されるベートーヴェンやブラームス、時にはブルックナーが登場したように思います。この奏法が正しいのか否かの答えは見つからないことでしょう。
そういった事情からも、どっしりと構えた音楽を奏でる指揮者が少なくなってきたように感じます。
ソリストがテンポを速くしたい理由
では、世の中が全体的に速さを求めるようになったのか?というと決してそんなことはないでしょう。ゆったりとした太い音の音楽を求める聴衆は多く、そういった演奏があると、SNS上ではすぐに話題にされますよね。では、ソリスト、特に若いソリストがなぜ、あえて速いテンポを設定しているのか。正解ではないかもしれませんが、私なりの答えを出してみました。
昔ですが、ある音楽教室の発表会で、ベートーヴェンの第4番のピアノ協奏曲を演奏することになり、その伴奏を当時、私が所属していたオーケストラが務めることになりました。その音楽教室を運営しているのは、日本でかなり有名のピアニストの方。光栄なことに、そのピアニストの方と親交があったこともあり、ピアノ協奏曲第4番の練習指揮者を任されました。私はカラヤンやバーンスタインのCDとスコアで一生懸命に曲を勉強し、リハーサルに臨みました。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番はピアノの優しいソロで始まります。そのテンポに合わせて、私がオーケストラの指揮を開始し、途中、たっぷりと謳える箇所では、ややテンポをおさえて、ゆったりとベートーヴェンの楽譜を追ってきました。すると、当日、いらっしゃっていた、ピアノ教室を運営なさっているピアニストの先生が演奏を止めて、こんなことをおっしゃったんです。「このテンポだと練習になっちゃうから、もっと速いテンポで始めなさい。そうじゃないと、そのあとのオーケストラはもっと遅くなっちゃう。」「もっと速いテンポで」は担当するソリストに向かっての先生のアドヴァイスです。その先生の仰る通りで、ソリストの入りが遅いと、その後のオーケストラは急には加速できません。だからソリストにもっと速く演奏するよう指示したわけです。一方、私にも「協奏曲はソリストのテクニックの披露の場でもあるから、ゆっくりだとテクニックの凄さが伝わらないから、思っているよりも速く指揮してくれる?」とお言葉をかけてくれました。このアドヴァイス、とても勉強になりました。
今思い返すと、この、「協奏曲はソリストのテクニックの披露の場」という言葉はとても重要だったように思います。実は、ソリスト自身の感性でというよりは、ソリストの先生、師匠が「自分の弟子がテクニックを存分に世にしらしめることができるテンポ」をアドヴァイスしている可能性が高いのではないかと思いました。
だから巨匠同士の協奏曲はゆったりなのか!
後日、このソリストを務めた方と話した時、「私は一番最初に合わせた時くらいゆっくり演奏したかった♬」と言われたんです。私も最初に合わせたテンポは心地よかったのですが、ソリストにとっては、もちろん音楽の中身で世の中が評価してくれれば、そんなにいいことはないのでしょうが、なかなか内面は評価されない。そこで、まずテクニック的な評価を得ておく必要性があるのでしょうね。
ですが、指揮者も巨匠・ソリストも巨匠または知名度十分な組み合わせの場合、テンポを速めてテクニックだけを見せつける必要性はないわけです。だからこそ、ゆったりとその音楽に込められたものを表現することが可能になるのでしょうね。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲の場合、特に第1楽章に特化しますが、カラヤン&ワイセンベルク(ベルリン・フィル)は18分19秒、バーンスタイン&ツィマーマン(ウィーン・フィル)は19分17秒、アバド&ポリーニ(ベルリン・フィル)は17分18秒といった具合のテンポどりです。カデンツァの関係で何とも言えない部分もありますが、17分以上は要している感じです。
これ以外に特に面白いと思ったのが、バーンスタイン指揮、バイエルン放送交響楽団、ソリストはクラウディオ・アラウによる演奏です。1楽章に20分を費やしていました。
出だしのピアノの音、他よりやや重たく聴こえます。この重たさ、実にいいと思うんです。心の芯に沁み込んでくる重さとでもいいましょうか。一般的に出だしは軽めに柔らかく演奏するピアニストが多いと思うのですが、ちょっと無骨に音楽がスタートする。それをバーンスタインが包み込んでいく感じのやり取りが続きます。私はこの演奏を気に入っています。その演奏はこちらです。

ツィマーマンとの演奏はこちらですね。

ちなみに、カラヤンは来日公演で、この4番の協奏曲をワイセンベルクと演奏していますが、その際は、スコアを見ながら指揮をしていますね。カラヤンにしては暗譜ではないのは珍しいのではないかと思います。
というわけで、今回は協奏曲のテンポに関して、勝手に考えてみました。もちろん、ゆったりと中身のある演奏をしているソリストはいっぱいいると思います。私の勝手な思い込みと思って、お流しくださいね。皆さんも、テンポに関して、何かお感じになっていることがあれば、是非教えてください。
それでは!














