karajanjanの日記

カラヤンについて語りましょう

かわいいお客様

東京はここ数日は比較的過ごしやすい日が続いていたと思ったら、今日は午後からピーカン。久しぶりに汗ばむ感じでしたね。

さて、今回は音楽談義ではなく、かわいいお客様の話。ライトな記事です。

先週まで、出張が何回か続いておりました。出張先はまあまあ涼しく、心地よく仕事ができました。でも、クーラーなしではやはりちょっと蒸し暑くなってしまう感じの気候でした。雨も結構降る地域だったので、その雨で気温が下がってくれたように思います。

夜になり、ふとロビーのガラスに目をやると、「お!」いました!そう、かわいいお客様とはこの「アマガエル」です。

               

ちょっとピントがいまいちですみません。外に出て写真を撮ろうと思ったのですが、逃げられてしまうと元も子もないので、ガラス越しに撮影しました。お腹がプクプクしていて可愛らしいですよね(気持ち悪いって言わないでくださいね)。

昔は東京でも庭や道路でも見かけたものです。ところがここ数年で見かけることは無くなってしまいました(生息はしているようですが、見つけた方はいらっしゃるでしょうか?)。雨上がりには当たり前のように見かけていた記憶がありますが、いつのまにか私たちの目の前から姿を消してしまいました。温暖化の影響もあるのかもしれませんが、東京でアマガエルがいなくなってしまったのは、環境の変化が一番の原因でしょう。土や草地がどんどんコンクリート化され、アマガエルにとって、落ち着ける環境ではなくなってしまったのでしょうね。

この日、アマガエルの存在を思い出させてくれる日となりました。やはり自然の残っている場所には生き物が生息し続けてくれているのですね。ちょっとうれしくなりました。よく見ると、1匹だけではなく、何匹ものアマガエルがガラスに張り付いて、虫をパクパクと頬張っていました。

翌日、宿の方に昨晩のアマガエルの話をすると、「この辺りにはたくさんいますよ。特に雨が降ると道路に大量に出てくるので、車を運転しているとよけられず、ひいてしまうんです。そのひいたカエルをカラスが食べにくるので、朝方には何事もなかったかのように道路は綺麗になっているんですよ。」と教えてくれました。

車にひかれてしまうのはちょっとかわいそうなのですが、道路一面にはい出てくるそうです。確かによけられないですよね‥‥。カラスがそれを狙っている。自然の中で生き抜くことの厳しさと、生態系のシステムがしっかりと確立しているんですね。東京ではもう失われてしまった風景がこうして残っていてくれて、ほっとした気持ちになりました。

 

というわけで、ちょっと自然を考えることができる時間を過ごすことができました。こういう時間を持てるって、とても大切だと思いました。心が癒されました!ありがとう、アマガエル!

 

振り間違いの真相は??

暑かったり、大雨だったりと本当に天候が安定しない日々が続きますが、体調はいかがでしょうか?

本日は、「振り間違いの真相」と題しまして、カラヤンが振り間違いをした1984年の大阪公演について少し言及したいと思います。

 

1984年大阪公演

 

              

この大阪公演では

1.モーツァルト:ディベルティメント第15番

2.R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」

3.レスピーギ:交響詩:「ローマの松」

が演奏されたのですが、カラヤンが振り間違えたことで話題になった公演です。この来日の数年前から、女性クラリネット奏者のザビーネ・マイヤーを入団させるか否かでベルリン・フィルとカラヤンの意見が割れて、仲違いをしていることもあり、この来日公演が実現するか非常に危なかったともいわれている演奏会です。

 

「ドン・ファン」の振り間違い

その振り間違いが起きたのが、2曲目の「ドン・ファン」でした。通常、この曲は勢いよく、上から下へ一気に腕を振り下ろして曲をスタートさせるのですが、なぜか、カラヤンは優しく指揮棒を構え、そして柔らかくゆったりと指揮を始めたそうです。この場面について、「素顔のカラヤン」(眞鍋圭子さん)という本の中で以下のように記されています。

「カラヤンが指揮し始めた曲は、どう見ても、”ピアノ”で静かに始まるゆっくりしたテンポの音楽です。オーケストラは音を出したものの、途中で止めてしまいました。カラヤンは五秒ほど目を閉じて指揮をしていましたが、オーケストラが止まったことに気がついて、(あれ、おかしいぞ)という表情で、一瞬目を開け、再び同じように指揮をし始めました。前と同じ状況です。

 モニターの前に座っている私たちは、それこそ食い入るように息を殺して画面を見つけていました。カラヤン一人のアップのショットでしたから、彼の表情が細部まで見えます。たまりかねたコンサートマスターの安永徹さんが立ち上がって、カラヤンに耳元にそっと、「カラヤンさん、《ドン・ファン》です!(Herr von Karajan,"Don Juan"!)」と囁いているのが聞こえました。その瞬間、カラヤンは右手で顔を覆い、しかし即座に、”気”を集中して《ドン・ファン》を指揮し始めました。」

この本は、こちらです。

 

                

 

この振り間違いの様子は、発売された映像作品には残されていません。この事件を知らなければ、普通に「ドン・ファン」が始まります。ですが、この事件を知ってしまうと、見方が少し変わります!なぜか、カラヤンが変な笑いを浮かべて、そして曲を振り出すんです。そう、この変な笑いは、「素顔のカラヤン」に記されていた、「カラヤンは右手で顔を覆い、しかし即座に、”気”を集中して《ドン・ファン》を指揮し始めました。」のまさにこの場面だったわけです。事の真相がわかると、この表情に納得がいきますね♫

 

どの曲を振り出したのか?

では、カラヤンはいったいどの曲と勘違いをして指揮をし出したのでしょう?

一説には、翌日の演奏会のプログラムであった、ドビュッシーの交響詩「海」だとか、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲であったのではと言われています。確かにこの2曲、出だしはピアノでゆったりした感じです。翌日のコンサートの事が頭によぎっていれば、その可能性は確かにありますね。

もう一説は、チャイコフスキーの交響曲第5番というもの。これも確かにゆったりとピアノでスタートする曲です。しかし、なぜ唐突にチャイコフスキーの曲を振り出すのか。あまり必然性がないですよね。ところがです、やはり「素顔のカラヤン」の中で、ここでのエピソードが綴られているんです。この日、降り番(演奏会に出ない日)だったもう一人のコンサートマスターのミシェル・シュヴァルベが「どうしてカラヤンさんはさっき、チャイコフスキー第5番の指揮を始めたんですか!?あれはどう見たって、チャイコフスキーの5番だった!」という記述が出てくるんです。長年カラヤンに連れ添った名コンサートマスターがそう言ってきたんです。科学的な検証はできないですが、なんとなく感覚的に、シュヴァルベがそう感じたのでしょう。ある意味、説得力あると思いませんか?しかも、この演奏会の直前に、ソニーのウォークマンのCDでチャイコフスキーの5番を聴いていたという記述も出てきます。かなり有力な説になりそうですよね。

私も、この振り間違いは色々な記事で読んできましたが、ほとんどがドビュッシーかラヴェルのプログラムと勘違いしたのであろうという内容がほとんどでした。ところが、この本で初めてチャイコフスキーの5番説を読んで、とても興味深く感じました。

 

「振り間違いの真相」と題して、本当の振り間違えた曲を断定できたわけではありませんが、私的には最愛の女房役のシュヴァルベが思わずそう感じたというチャイコフスキーの5番説を推したいと思います!

 

カラヤンは最晩年までほぼ暗譜で指揮をしていました。これは素晴らしいことです。しかし、譜面台にスコアが置いてあれば、この振り間違い事件はきっと防げたのでしょうね。譜面は演奏中だけでなく、曲目確認のためにも大切なのかもしれませんね。

とりとめのない記事でしたが、お付き合い下さり、ありがとうございました!

 

カラヤンの「軽騎兵」序曲♬

いやぁ~、暑いですね!体が溶けてしまいそうな毎日が続きますね。こんな時は、家で涼しい中で音楽を聴いたり、読書するのが一番ですね!

さて、本日は軽めの曲で、しかもパアッ~と気持ちが明るくなる曲について触れていきたいと思います。

その曲とは、スッペ作曲の「軽騎兵」序曲です。曲名で「?」となった方も、冒頭のトランペットのファンファーレを聴けば、「あ!あの曲か♬」と分かる方が多いのではないでしょうか。

 

「軽騎兵」序曲との出会い

私がこの曲を知ったきっかけは、中学校の吹奏楽でこの曲を演奏することになったことでした。自分はトランペットを吹いていたこともあり、とても楽しんでこの曲を練習した記憶があります。また、高校時代は指揮者としてこの曲に挑戦したので、色々と思い出深い曲なんです。それと、この曲を勉強していくなかで、「調性」の大切さを学ぶことができました。吹奏楽経験者の方はお分かりかと思いますが、この曲を吹奏楽バージョンで演奏すると、トランペットの「ド」の音からスタートします。トランペットにとって「ド」はとても吹きやすく、明るい音が出せます。ところが、原曲のオーケストラバージョンで聴くと、衝撃が走ります。「ド」の音で始まっていないんです。実は、スッペはトランペットの「シ」の音からこの曲を始めているんです。中学生の頃は参考のオーケストラの音源を聴いて、そのあとトランペットで演奏しても別に何とも思いませんでした。ところが、少し耳が肥えてきて、知識がついてきた高校生の時に、吹奏楽のスコアを見ながら、久々にオーケストラの音源を聴いてみると「音が違う!」ではありませんか。要するに、吹奏楽版では、吹きやすいように、調性を変えて編曲してしまっているんですよね。もちろん原曲の調に忠実な編曲を行っている曲も多々あるのですが、意外にクラシックの吹奏楽編曲版は調性が違っていることが多い気がします。

なので、原曲の「シ」から始まる音源を聴くと、やや音色が暗く感じると思うんです。この頭の音だけでもだいぶイメージが変わるんだということにこの時、気づくことができてよかったと思っています。

 

カラヤン&ベルリン・フィルの「軽騎兵」序曲

この「軽騎兵」序曲、比較的誰が演奏してもあまりひどい結果にはならないのですが、やはりオーケストラの豪華さでいったら、カラヤン&ベルリン・フィルの演奏が素晴らしいのではないかと思います。その演奏がこちらです。1969年の録音です。ちなみに、この演奏を中学、高校とデモ音源として聴いていました(その頃はレコードからカセットテープにダビングして、何度も何度も聴いていました。カセットテープって死語ですかね?)

                                                   

それともう一つの演奏。これは1978年のジルヴェスターコンサートで演奏されたものです。こちらは映像作品として販売されています。それがこちらです。

                

冒頭のトランペットは本当にゴージャス!一瞬、チャイコフスキー交響曲4番?と思うかもしれませんね。最初は、どちらの演奏も同じような印象を受けたのですが、ファンファーレが終わり、4拍子の速く、暗めのテーマが奏でられます。ここは「戦い」の場面を描いているようです。確かに、冒頭の華やかさに比べると、シリアスな感じの音楽に転換しています。

ここで「あれ?」と思ったんです。デモ音源として聴いていたテンポよりも、ジルヴェスターコンサートでの演奏の方が速い!もしかすると速くないのかもしれませんが、私には明らかに速く聴こえます。そして、自分で指揮をしていた時、この部分は4拍子ということで、4拍で振っていました、なんと、この映像ではカラヤンは2拍振りをしているではありませんか!4拍振りと2拍振り。視覚的にこれだけでもテンポは違って感じられるかもしれませんね。個人的には映像のこの部分はちょっと速すぎる気がしています。スリリングでいいという人もいるかもしれませんね。

次に有名なギャロップの音楽。冒頭とこの部分で認知されていると思います。このギャロップは「軽騎兵の行進」とのこと。本当に軽やかに馬が前を通り抜けていく絵が浮かんできます。この部分は2つの演奏、そう相違はないように感じました。実にトランペットが軽やかにハイトーンを含めて響いてきます。続いて、地から湧いてくるように弦楽器がメロディーをゴージャスに演奏します。ここの楽器の引継ぎは天下一品ですよ♫

次に暗い音楽に転換していきます。ここは「友の死」の場面。「友の死」と知識がなくても、お墓の前で祈っているシーンが浮かんできそうな音楽です。ここでも「おや?」と思いました。デモ音源として聴いていた演奏は、カラヤンらしく、レガートたっぷり、そしてテンポも遅く、いい意味で粘ってます。この粘りのおかげで哀愁がいっそう深まっているように私は感じるのですが、この遅い粘りを批判する方々も一定数いるようですね。

ところがです。映像版のテンポは速い!ここはなんとなくの感覚ではなく、ジルヴェスターコンサートの方が明らかに速いです。ただし、この「速い」といったこのテンポも、他の指揮者のテンポと同じ、もしくはやや遅いんです。なので、いかにデモ演奏のテンポが遅いかお分かりいただけるでしょう。

そして曲は再びギャロップの音楽に戻り、クライマックスを迎えます。このクライマックス、様々な解釈があり、比較的多くの指揮者が最後のファンファーレでテンポを急に落とし、その後、アチェルランドをかけて一気に曲を終わらせる感じです。ところが、カラヤンは特にテンポを変えません。淡々と音楽を進め、やや最後を速くして盛り上げて曲を終える感じです。私はこのスタイルに慣れているため、最後のテンポをあまりいじらずに演奏していました。ところが、やはりこのジルヴェスターコンサートの演奏は何かが違う。テンポが急激に落ちるわけではないのですが、ややテンポを変えて最後のファンファーレに飛び込みます。あまり解釈が変わらないことで有名なカラヤンにしては、8分足らずの小品でここまでテンポ感が変わるのは珍しいことだと思います。

ですが、どちらの演奏も最後の音をバッチリ決めて、爽快感を与えてくれます。

 

最後の音が編集されている?

というわけで、気持ちよく曲を聴き終えたわけですが、ジルヴェスターコンサートの演奏にこんなエピソードがあるんです。「最後、カラヤンの指揮がいい加減でぐちゃぐちゃになっていたはず」「最後の部分で演奏が大乱れになった」などです。この映像作品を観ただけではそんなことは分かりませんが、どうやら最後の部分が編集されていると言われています。確かに、曲の最後、気持ちよくなっているのか、カラヤンはしっかりとは指揮していないんです。いい意味でオケに任せています。カラヤンは結構この手のミスは犯していまして、タンホイザー序曲のリハーサルでもたびたび最後の音の入りの合図が曖昧で、オケが崩壊しているんですよね。この件についてはこちらの記事で綴っております。

karajanjan.hatenablog.com

編集をしているという意味では確かにしているのでしょう。しかしです、皆さんは、ベルリン・フィルのジルヴェスターコンサートやウィーン・フィルのニューイヤーコンサート、同じプログラムで前日にも行われているということをご存知でしょうか?もしかすると2日間分の収録を行っていて、うまくいった演奏を採用してつなぎ合わせて1つの商品としている可能性は大いにあると思います。なので、最後の音だけを編集したのではなく、「軽騎兵」序曲まるまる成功した日の映像を採用した可能性があるとうことです。これは他の指揮者も行っていることなので、批判に値しないとは思いますが、「曲の切り貼りはよくない」といったコメントは少なからずあるようですね。

演奏会で最後の音が乱れたことは、当日、会場にいた方のコメントなどから確かなのでしょう。しかし、そのテイクではない映像を使っているのであれば、なんら不思議なことはありませんね。

 

なぜこれほど速さが違ったのか?

先程、テンポの違いで驚いたことを何度か書きましたが、このジルヴェスターコンサートの演奏、他の曲についてもいつもより速い箇所が多々あるんです。

1曲目がヴェルディの「運命の力」序曲なのですが、カラヤンはこの曲の冒頭6つの金管の音。かなり遅めに演奏していました。ですが、この演奏はいつもより短めで、テンポも速い。

ビゼーの「アルルの女」第2組曲の1曲目「パストラーレ」もCDの録音ではかなりゆったりしたテンポどりなのに、この映像ではあっさり気味。

トータル的にこの映像での演奏はなぜかいつものカラヤンよりもせせこましいテンポ設定になっています。この理由は全くもってわかりません。もしかしたら、早くコンサートを終えて、家で新年をゆっくりと迎えたかったのでしょうかね?でも、曲を大事にしないカラヤンはあり得ない気がするのですが‥‥。永遠の謎ですね。

 

というわけで、今回は小品にスポットをあてて綴ってみました。皆さんも、あまり演奏会では取り上げられないけれど、お気に入りの小品はありますか?ありましたら、コメント、お願いいたします♫

 

カラヤンの命日~アルプス交響曲~

いよいよ夏が来た感じですね。今日は雨や雷もひどかったですね。皆さんは大丈夫でしたか?

さて、7月16日はカラヤンの命日でした。1989年に亡くなられました。

カラヤンの命日にはレクィエム的な曲を聴く年が多かったですが、今年はカラヤンが亡くなった時に放送されていた追悼番組のVTRを観て、マエストロを偲んでおりました。

今回は特にR・シュトラウスの「アルプス交響曲」を鑑賞しました。このアルプス交響曲にまつわるエピソードは、はてなブログを始めたての頃に綴った記憶があります。

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繰り返しになってしまうかもしれませんが、アルプス交響曲の演奏自体はカラヤンの遺産シリーズで観ることはできます。しかし、カラヤンの遺産シリーズは編集の関係で、演奏終了後のカーテンコールなどが大幅にカットされているんです。私がビデオで撮っておいた追悼番組で流されたアルプス交響曲は終演後に髪の毛がピョコンとはねているちょっとおちゃめなカラヤンがカーテンコールで登場するんです。髪をかき上げた際に、髪型が崩れてしまったのでしょう。とても臨場感あふれる一場面だと思うんです。ですが、カラヤンの遺産シリーズはこのはねた髪での登場はカットです。もしかしたらカラヤンが「こんな場面はカットだ!」と言ったのかもしれませんね。

そのDVDはこちらです。1983年のライブ収録です。

              

この演奏を聴いて、私はR・シュトラウスが好きになっていきました。曲自体、自然描写やスケールの大きさが本当に素晴らしいと思うんです。冒頭の夜から日の出に向けての緊張感、日の出の部分の開放感あるオーケストレーション、滝ではハープが水の落ちる様子を見事に表しています。嵐ではウィンドマシーンが風をビュウビュウ吹かせてくれます。雷雨と嵐・下山ではサンダーマシーンも登場します。私がこの映像作品でもっとも感動したのが、曲の終盤、日没~エピローグにかけての部分です。静かではあるものの緊張感のある音楽。音がピーンと張り詰める場面もありますが、カラヤンの指揮に、ベルリン・フィルがこれでもか!といわんばかりにピタッと寄り添って音楽を奏でているんです。カラヤンの指揮も絶品です。「ここでこの音を出せ♬」という意図がはっきりとあらわれた指揮姿です。体が音楽を覚えているとでもいいましょうか。ここまでこの曲の世界を体現できている演奏はなかなかないのではと思います。

ある意味、カラヤンととても相性のいい曲だと思っているのですが、色々な文献を調べていくと、カラヤンはこのアルプス交響曲、1970年代までは興味を示していなかったようです。1980年にデジタル録音になって初めてこの曲に挑戦したようです。これにも色々と見解があり、この曲の持つ響きがデジタル録音になって初めて伝えられると思って取りくんだという説があります。しかし、よく考えてみると、デジタル録音ができようができまいが、演奏会で取り上げることはできたはずでよね。カラヤンは1981年以降は約20回この曲を演奏しているんです。生の演奏なら問題ないのであれば、もっと昔から取り組んでいてもおかしくはない。アルプス交響曲ではなく、「家庭交響曲」の方は1970年代には実演していたんですから。

もうひとつ言われていることがあるんです。それは、実はカラヤンはアルプス交響曲を好きではなかったという説。カラヤンの意向ではなくこの曲を録音をしたが、レコードやCDが物凄く売れ、聴衆受けが良いことが分かって演奏会に取り上げるようになった。こちらの方がなんとなく腑に落ちる気もしますね。やってみて思ったよりよかったという経験は皆さんにもあるのではないでしょうか。1981年以降、カラヤンはこの曲を自分のものにしたんだと思います。驚くべきは、この大曲を亡くなる前年の1988年にも演奏しているということ。ブルックナーもそうですが、この曲を指揮するにはかなりの体力を使うと思います。ご存知の方も多いかと思いますが、1988年頃はカラヤンは1人では歩くことが難しく、指揮台でもサドルのような椅子に腰かけて(聴衆には椅子に座っているとばれないようなデザインです)指揮をしていました。そんなカラヤンが両手を鷲のように広げて指揮をしていたのでしょう。最晩年は自分の好きな曲を選んで指揮をしていたと思うので、晩年のカラヤンにとってはアルプス交響曲は大事な曲だったのでしょうね。

さて、そんなアルプス交響曲ですが、カラヤンのCDでこんなことも言われております。

「ウィンドマシーンの音が欠落している?」なんと、雷雨と嵐の場面で使われているはずのウィンドマシーンの音が、カラヤンGOLDのCDだと聴こえないという話題が上がっていました。カラヤンGOLD以外のCDだときちんとウィンドマシーンの音が入っているそうです。なにを隠そう、私が持っているのはカラヤンGOLDです。それがこちら。

              

確かめてみようと、少し音量を大きめにして流してみました。その結果ですが、私の耳には聴こえました。ただ、色々な楽器のサウンドが混ざり合ってウィンドマシーンっぽく聴こえているだけかもしれません。確かに、DVDの映像作品ではウィンドマシーンの音がもっとはっきりと聴こえてきます。ということは、欠落というよりは、ミキシングの問題なのかもしれません。ウィンドマシーンの音を絞り過ぎたのか、意図的に絞ったのか。これはカラヤン、またはドイツ・グラモフォンにしかわからない謎ですね!

というわけで、今年のカラヤンの命日は、アルプス交響曲のウィンドマシーンの音の検証に重きをおく結果となってしまいました。

ちなみに、アルプス交響曲の初期盤のCD、トラックが1つしかなかったんです。私も昔、初期盤を持っていて、途中の場面から聴こうとステレオのリモコンでトラックの早送りをしたら、曲が終わってしまいました。「あれ?」と思ってCDの裏面をみてみるとトラックが「1」しかないではありませんか。さすがにクレームもあったことでしょう。その後は場面ごとにトラックが分けられています。カラヤンGOLDは22の場面でトラック分けされています。トラックを分けるべきか分けないべきか。これはまた色々と意見がありそうですね。皆さんはどう思いますか?

それでは!

 

カラヤンとティンパニ♬

ここのところ日差しが急に夏になりましたね。日差しが肌を刺してくる感じですよね。

さて、本日はカラヤンのティンパニの使い方を少し綴ってみたいと思います。

 

 

ベートーヴェン 交響曲第9番≪合唱付き≫

            

カラヤンはベートーヴェンの交響曲を演奏するときは基本的に倍管編成で演奏します。倍管編成と申しますと、指定の管楽器の人数を倍に増やして演奏することです。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンはおおよそ木管楽器が各2本ずつ、トランペットが2本、ホルンが2本または4本、トロンボーンは3本、といった編成で書かれている作品が多いと思います。カラヤンはこのうち、木管とトランペットをだいたい倍の4人にして演奏しているケースが多いですね。4管編成指定のホルンとトロンボーンは倍管にはしていないようです。この倍管編成に関しては様々な面で批判の的になっています。よく耳にする批評は「ベートーヴェンの時代、こんなに大きな編成では演奏していないのに、カラヤンはオーケストラを豪華にし過ぎている!」といったものです。確かにカラヤンは弦楽器の人数もフルオーケストラといわれる規模まで広げて演奏しているので、批判があながち間違っているわけではないかもしれません。1stヴァイオリンが10人程度でいい作品でも20人近くで演奏していますからね。

でも、この交響曲第9番はもともと大編成気味の曲です。ホルンは4本必要で、トロンボーンも3本使います。なので、カラヤンが大規模な編成で曲に挑むのはまあおかしくはない。他の指揮者も第9に関しては倍管にしているケースをよく見かけます。そんななか、1977年のベルリン・フィルとの映像作品をよくよく観てみると、なんと、1楽章でティンパニを2人でトレモロしているシーンが登場するんです。ティンパニの倍管?とでも言いましょうか。この件については「カラヤンがトレモロを途切れることなく聴かせたい」という解釈からメインの奏者フォーグラーが普通に譜面通りに叩き、もう1人がずっとトレモロで叩いているそうです。まさにカラヤンが音楽を点ではなく線で捉えたいというスタンスの表れなんだと思います。その場面がばっちりと収められています。こういった指揮者が独自に譜面を変えた際、それを秘密にするため隠そうとする場合と、「自分がこう変えました!」とあえて主張する場合がありますが、ここではカラヤンは大いに自分の解釈を主張したかったのでしょうね。カラヤンらしいですね!ちなみに、ベートーヴェンの5番「運命」の1楽章。第2主題が始まる前に1回目はホルンが、再現部ではファゴットが吹くのですが、一般的にファゴットの音量だけでは足りないので、こっそりホルンにも吹かせるパターンがあるのですが、カラヤンの映像では2回ともホルンをメインで写しています。ここも、「ホルンを入れるべきだよね♪」というカラヤンの主張なのでしょう。

 

ブルックナー 交響曲第9番

            

9番繋がりというわけではないのですが、つい先日、久々にこの映像作品を観て(聴いて?)いました。1985年のライブ映像です。今まで、そんなところに目がいかなかったのですが、DVDをスタートさせてすぐのカラヤンが登場するシーン。オーケストラ全体が映し出された瞬間「あれ!」と思ってしまいました。左端になんとティンパニが2セットあるではありませんか!ベートーヴェンの第9番の時は1セットのティンパニを2人で叩いていましたが、どうやら今回は舞台に2セットのティンパニを用意して叩かせていたようです。これが本当の倍管ならぬ倍ティンパニ!演奏中は2人の奏者が同時に叩いているシーンは確認できなかったのですが、トランペットは通常3本ですが4本以上で吹いています。トロンボーンも3本指定ですが4本で吹いているようです。木管は当然倍管編成。となると、ティンパニも倍となったのでしょうかね。

他にも実は倍ティンパニをしているかもしれないので、この視点で、持っている映像作品を観なおしてみようと思います。

 

テーリヒェンとフォーグラー

カラヤンの時代、2人の代表的なティンパニ奏者がいました。1人がフルトヴェングラーの時代から叩いていたテーリヒェン。もう1人がカラヤンが1970年代に採用したフォーグラー。どちらも優れたティンパニ奏者だと思います。テーリヒェンは、ティンパニでありながら、メロディックな打楽器と言われていました。時に先に音を出し、オケをリードしたり、その音色でオケを支えたと言われています。しかし、カラヤンとはどうもそりが合わなかったようです。カラヤンはテーリヒェンについて「テンポが正確ではない」と評していたようです。一方、フォーグラーはといいますと、まさに「ザ・テンポ」と言うほどの正確さで定評がありました。音も重たく、深い。ずっしりとした音と正確さでベルリン・フィルを支えていました。

カラヤンがティンパニを2セット使ったり、2人で叩かせるのは、恐らくですが、テーリヒェンの時にはやっていなかったと思います。完全に信頼のおけるフォーグラーの時代になってからの試みのようです。もしかすると、テーリヒェンの時にも倍ティンパニはあったかもしれないので、昔の映像もチェックしておきたいと思います。

 

他にもカラヤンの独自の取り組みがあるかもしれないので、また研究しておきます。何かご存知の方がいらっしゃいましたら、是非、コメントお願いします♬

 

ベルリンでの奇跡の夜の思い出~アバドとガンシュ~

梅雨らしい気候が続いていますね。皆さん体調の方かいかがですか?

さて、今回はもう30年ほど前になりますかね、ベルリンでベルリン・フィルの演奏会を聴いた時の思い出を綴ってみたいと思います。

30年前といいますと、ベルリン・フィルのシェフはクラウディオ・アバドでした。カラヤン亡きあと、ベルリン・フィルを引き継いで10年が経とうとしていました。アバドが芸術監督になり、ベルリン・フィルのレパートリーがかなり変わり、現代音楽を始め、様々な音楽が聴かれるようになりました。現代音楽でなくとも、ブラームスやマーラー、シェーンベルクなども定評があったと思います。

そんな中、私はベルリンでマーラーの交響曲第3番をアバド指揮、ベルリン・フィルで聴く機会を得ました。席は指揮者を前から見据える席で演奏を聴くことになりました。

 

期待に胸を膨らませ、演奏開始を待ちました。すると、アバドが颯爽と登場。冒頭部はホルンのユニゾンで始まります。アバドが指揮棒を構え、サッと指揮棒を振り下ろすと、なかなかホルンが音を出さない。もともと4拍目から音楽がスタートする曲なので、指揮をし出した瞬間に音が出ないことは予測してましたが、それにしても音が出てこない。「おや?大丈夫?」と思ったまさにその時、大きなブレス音がしたかと思うと、ホルンがけたたましくメロディーを奏で出しました♫

この音がなかなか出なかった理由はこの記事で綴っていますので、是非ご一読ください!

karajanjan.hatenablog.com

私自身、ベルリン・フィルを生で聴くのは初めての事だったので、とにかく音の大きさ、まろやかさ、全てにおいて大感動でした。「これがベルリン・フィルなんだ!」と心の底から絶叫していました。

この演奏会が素晴らしかったことは言うまでもありません。とても大雑把な感想ですが。言葉はいらないくらいの素晴らしさでした。その中でも特に嬉しかったことは、3楽章のポストホルンのソロです。牧歌的な雰囲気のする穏やかなメロディーですが、時よりハイトーンを小さい音量で吹かなくてはいけないので、意外に難しいソロとされています。しかも、このソロは舞台上で吹くのではなく、舞台袖や舞台裏で吹いて、遠くから聴こえるような効果を出します。そのため、舞台上のトランペットかホルンのプレーヤーが舞台裏に引っ込んで吹くのではなく、このソロのためだけにスタンバイしているケースが多いようです。今回のソロもこのパターンでした。そして、この時のソロですが、物凄く甘い音色でした。とても穏やかな音色の中に密度の濃い音楽が流れてきます。無理のない息の流れで吹いていて、「これは素晴らしい♫」と思い、聴いていました。曲が終わり、ソリストが舞台のはじに登場すると、この演奏会で一番の拍手喝采が起こっていました。でも、私の席からはそのソリストが誰だか見ることができませんでした。後から、判明したのですが、このソリストがなんと、ウィーン・フィルのトランペットの首席奏者だったハンス・ガンシュだったんです。1980年代のウィーン・フィルのトランペットの代表といえば、このガンシュ。音色の素晴らしさでトランペット奏者の間では話題で持ちきりの人でした。あんないい音がしていた理由がはっきりしました。

最終楽章では、トランペットがミュート(弱音器)を付けて吹く箇所があるのですが、トランペットはミュートを付けるのではなく、なんと袋を楽器のベルに被せて吹いてました。ベルリン・フィルの団員から、この袋はアバドのアイデアだと教わりました。こんなことをしている演奏は今までなかったのではないでしょうか。とても面白い発想ですね。

というわけで、素晴らしい演奏会は終わったのですが、ここからが更なる夢の始まりです。わけあって、演奏会後の楽屋に入れてもらえました。団員に知り合いができて、演奏会後に楽屋の入り口で待ってるからおいでと言われたんです。ありがたい話ですよね。いざ、楽屋の方へ通してもらうと、ベルリン・フィルの団員たちはもう私服に着替えて、ビールで上機嫌!舞台裏にはバーみたいな場所があって、大賑わいでした。その宴会のような盛り上がりを抜けて歩いていくと、一人のダンディーな男性がぽつんと立っていたんです。そう、彼こそが、この日のソリスト、ハンス・ガンシュでした。私は映像作品やCDでガンシュの顔は分かっていたので、彼を見かけた時は本当にびっくりしました。この時、ガンシュがあのソロを吹いていたんだと分かったんです。私はすぐに話しかけました。まるで私を待っていてくれたかのように周りには誰もいないんです。見も知らずの私が話しかけたにも関わらず、笑顔で色々と話してくれました。「今日使った楽器はフリューゲルホルンで、これだよ♫」と楽器を見せてくれたり、「ちょっと上の音をはずしちゃった!」などお茶目な一面も見せてくれました。私は、「あなたの音色が大好きだ」ということや、「私の理想とするトランペット奏者はあなたです」といった話をしました。なんだかんだで30分くらい話込んだと思います。最後は一緒に写真撮影にも応じてくれました。一生のお宝です!

ガンシュとの話を終えて、ダメもとで、アバドに会えるか、指揮者控室に行ってみました。実はこの指揮者控室、カラヤン時代はカラヤン以外の指揮者は使えない部屋でした。また、普通の人はこの部屋には入れてもらえないのが常でした。そんなエピソードのある部屋にも入れたらいいなと思い、行ってみると、数人がその部屋の前で待っている状況でした(ここで待っている人たちは私と一緒に演奏会を聴きに行った仲間です)。すると、ベルリン・フィルのコントラバス奏者の若い女性の方が、「今、マエストロに入っていいか聞いてあげる」と言って、アバドのもとへ行ってくれました。そして、すぐに「入っていいって!」とあの閉ざされていた部屋に案内されたんです。部屋に入ると、目の前にあのクラウディオ・アバドが立っているではありませんか!思ったよりも小さい方でしたが、オーラといいいますか、そういった何かが全身から出ている印象でした。当時、ドイツ語を習っていたということもあり、アバドが話したことを私が通訳をして他の人にも伝えるという形でアバドと話すことができました(後から考えると、アバドはイタリア人、私たちは日本人。ドイツ語ではなく英語で話してもよかったですよね)。「何の楽器をやっているの?」とか、「今度は東京でマーラーをやるから是非聴きに来て!」など言ってくれました。私は大胆にも、「東京公演の時はチケット用意してもらえますか?」と聞いてみましたが「チケットは自分で買ってね」と言われてしましました。まあ、当然ですよね。最後にサインと写真撮影をお願いしましたが、写真撮影はプロダクション等との関係があるからNGと言われ、サインに応じてくれました。

この指揮者控室、さらに奥にも部屋があります。そこは見せてもらえないだろうと思っていたら、奥の部屋も見せてくれました。アバドには申し訳なかったのですが、私は「ここにカラヤンがいたのか‥‥」とちょっと感傷に浸っておりました。

最後の別れ際には握手までしてくれて、本当に至れり尽くせりの夜となりました。こんな奇跡的な出来事がいっきに重なるって、凄いと思いませんか?

というわけで、今回はあの夜の思い出を綴らせていただきました。お楽しみいただけたでしょうか?

今回登場しましたマーラーの交響曲第3番。私はアバドではこの2枚を持っています。

                        

左が1980年にウィーン・フィルと録音したもの。右が1999年にベルリン・フィルとのライブレコーディング。残念ながらどちらも3楽章のそろはガンシュではありませんでした。ベルリン・フィルとの録音はまさに私が聴いた演奏と時期的にも近いので、解釈などはほぼ同じだと思いますが、個人的にはウィーン・フィル盤のほうが好きです。テンポがウィーン・フィルとの演奏の方が落ち着きがあるような気がするんです。アバドはベルリン・フィルと演奏するようになり、テンポがかなり速くなりましたからね。また、ウィーン・フィル盤でのアルトのソロがなんとあの名ソプラノのジェシー・ノーマン。これだけでも聴く価値があるかもしれません。

皆さんのお勧めのマーラーの3番はどれでしょうか?教えていただけるとありがたいです!それでは。

 

シューマンの2番との出会い

今日はダブル台風とのことで、どんな大惨事になる事かと思いましたが、東京は意外と小雨で済んでおります。

さて、本日は、私とシューマンの交響曲第2番との出会いを綴りたいと思います。今回のこの記事を読んで、「私もだ!」という方が意外に多いような気もします。そもそも、シューマンの中で2番は一番マイナーかもしれません。それに、この曲の事を色々と知っていくと、「この曲は駄作だ!」とか「オーケストレーションがひどい!」といった批評を目にすることになるでしょう。なので、この2番、何かの機会がない限り、あまり積極的に聴く曲ではない気がするんです。そういう私も3番「ライン」はお気に入りでよく聴いていましたが、2番は聴いていませんでした。そんな2番を聴くきっかけが、そう、1990年のパシフィックミュージックフェスティバル(PMF)が札幌で開催されたことでした。

 

PMFとは

まず、このパシフィックミュージックフェスティバル(PMF)とは何ぞやと思いの方もいらっしゃるでしょう。このPMF、実は1990年にあのレナード・バーンスタインが創設した音楽祭です。しかも日本の札幌で開催されたということもあり、テレビなどでも大きく取り上げられていました。音楽界はこの前年の1989年、ヘルベルト・フォン・カラヤンが亡くなり、ちょっと陰り気味だったような気もします。そんな中、カラヤンのライバルとも言われていたあのバーンスタインが日本で音楽祭を立ち上げてくれるということで、多くのクラシックファンが興奮したのではないでしょうか。何度か綴っていますが、私はクラシックが好きになったまさにこの年代は、カラヤンよりもバーンスタインのことが大好きでした。なので、このPMFの特集がテレビ放送されるとあって、大喜びをした記憶がありますね♬この特集と本番が収められた映像作品がこちらです。

               

PMFのドキュメンタリー番組

この番組の中で初めて出会った曲、それが、シューマンの交響曲第2番でした。今まで聴いたこともありません。そんな交響曲の練習風景が流れてきます。バーンスタインが到着するまでに、PMFのオーケストラの下振り(練習指揮)をしているのが、今や世に羽ばたいている、佐渡裕、大植英次だったんです。当然、この時は「誰だこの人?」でした(現在では佐渡さんの方がバーンスタインの弟子であったということが広く知られているような感じですが、このPMFのドキュメンタリーを見る限りでは、大植英次の方がバーンスタインに重用されている感じがしました)。

番組は、大植英次が第1楽章の練習をしているところにバーンスタインが入っているところからスタートします。この時、私はちょっとがっかりしたんです。私の中でのバーンスタインって、マーラーの交響曲をウィーン・フィルと演奏していたあのスマートで格好のいいイメージだったんです。ところがテロップに「レナード・バーンスタイン」と入って、いざ登場してきたのは、白と黒のボーダーシャツを着た、かなりお腹をだぼつかせた人物でした。顔はバーンスタインなんです。でも体が‥‥。ちょっとイメージとかけ離れており、少しテンションが下がったのですが、それも数分のこと、この後の、バーンスタインのリハーサルに酔いしれました。大植の演奏を止めて、いよいよバーンスタインが指揮台に上がります。すると、色々な言葉を巧みに使って、オーケストラの音色をどんどん変えていくではありませんか!「三連符がつまらない」「ダンパドゥーと演奏してくれ」など、聴いていてとてもワクワクするリハーサルでした。そして、このドキュメンタリーのナレーションを務めているのが、なんと山本直純さんなんです。

感動の3楽章

この番組で特に感動したのは3楽章の静かなメロディーがどんどんクレッシェンドしていって頂点に達するまでの部分。初めに弦楽器が静かにメロディー奏でます。そしてそのメロディーをオーボエが引き継いでいくのですが、このあたりでバーンスタインがマーラーの音楽とシューマンの音楽の違いをオーケストラに説明するんです。文章ではとても表現できないのですが、音が上にあがる時、細く、きつく絞るように演奏するとマーラーのようになってしまうとのことでした。シューマンはそう絞ってはいけないそうです。歌姫をエスコートするように音をつなげて欲しいとも言っていました。こういうところが物凄く勉強になりました。そしてその続きも練習していくのですが、クレッシェンドを全身全霊で歌って、オーケストラをリードするその指揮姿に涙が出そうになりました。そしてその頂点からディミネンドをかけていく手が本当に奇跡的に思えました。後にカラヤンが好きになりますが、やはりバーンスタインとカラヤンは指揮を見ていて、「ここはこの振り方しかない!」と思わせてくれる指揮をしますね。脱帽です。

他の指揮者と比べて

さて、こんな形でシューマンの2番と出会ったわけですが、バーンスタインは、2楽章の練習の際、「みんなの演奏は速いんだ」と言っていました。そこで、特に2楽章を他の指揮者と聴き比べてみたのですが、意外や意外、バーンスタインの演奏は速い!カラヤンの演奏の方がはるかに遅いんです。でも、バーンスタインの2楽章はテンポは速いのかもしれませんが、細かい音がすべて聴き取れます。そして、スリリング。カラヤンの演奏はどちらかというとちょっと重たくて、音符は聴きとれるという演奏。面白さでいったら、断然、バーンスタインに軍配が上がります。

先程感動したと述べた3楽章、バーンスタインの演奏がやり過ぎだと言われればそうなのかもしれませんが、やはりカラヤンの演奏は美しいけれどもテンションがやや低め。シューマンが似合っていそう(私が勝手に思っているだけかもしれません)なアバドの演奏もなんとなくあっさりしています。ムーティの2番もあまり熱さは感じられませんでした。

ここで、最初に述べた問題に立ち返ってみたいと思います。この2番は「駄作」「オーケストレーションが悪い」という評価があると。そうならと私もこの曲のスコアを眺めてみました。カラヤン、アバド、ムーティ、どの方もきちんと楽譜通りに演奏しています。もしかするとカラヤンは多少パートを補強しているかもしれませんが、大幅にいじっているわけではない。ということは、やはり、あっさりめの演奏になってしまうような譜面の構成なのかもしれませんね。しかし、バーンスタインは何かでこの曲を補っているんです。それが何かはわかりません。それがバーンスタインの音楽なのでしょう。

今回聴いたCDはこの3つです。

   

 

シューマンの2番、バーンスタインが好きでなければ出会うことはなかった曲かもしれません。この曲とともに、ドキュメンタリーでのバーンスタインの音楽に対する姿勢を学ぶことができ、本当によかったと今でも思っています。

皆さんにとって、感動的な曲との出会いのエピソードがあれば、是非教えてくださいね♫