karajanjanの日記

カラヤンについて語りましょう

復活♫

あと2日で2023年も終わろうとしています。

今年はこれでブログは書き納めです。明日はのんびりと音楽番組を観たり、皆さんの記事を読みながら年を越そうと思います。

さて、今年最後に取り上げる曲はマーラー交響曲第2番「復活」です。

自分自身、仕事でも健康面でも上向きに過ごせた年だったので、最後の締めくくりに、自分の境遇にぴったりの「復活」を取り上げます。

この交響曲はやはり長いですよね。聴くのに覚悟がいると思います。ブルックナーなども同じような長さの交響曲はありますが、ソリストあり、合唱あり、曲も5楽章まであったりと色々な要素でヘビーですよね。しかし、全曲を聴き終わると、何とも言えない爽快感といいますか、心が洗われた思いになれるのがこの「復活」ではないでしょうか。

今回は楽章ごとの曲想を綴るのではなく、それぞれの演奏に対する思い出を語ろうと思います。

まず、この曲を最初に聴くきっかけになったのが、小澤征爾ボストン交響楽団について書かれていた本を読んだことでした。確か高校生だったと思います。学生指揮者をやっていたこともあり、図書館でこの本を見つけてすぐに読みました(と、思い出深い本のはずなのにタイトルを忘れました‥‥「コンサートは始まる 小沢征爾ボストン交響楽団」だったかな?)。この本では特にマーラーの5番と2番について語られていました。特に4楽章の原光(Urlicht)といわれる荘厳な部分についての章がとても印象に残りました。たった5~6分の短い楽章ですが、この曲の肝になる部分なのだと思います。そこで、すぐに聴いたのが小澤征爾ボストン交響楽団の演奏です。本を読んで、思い入れもあったので、当時は期待通りの演奏のように感じました。そのCDがこちら。

              

しかしながら、だんだんとマーラーをしっかりと聴くようになると、バーンスタインマーラーにはまっていきました。それも晩年の遅いテンポの演奏を好んで聴いていました。このシリーズでは、皆さんご存知のように、3つのマーラーにゆかりのあるオーケストラを振り分けています。この「復活」はニューヨークフィルハーモニックを選択しています。個人的にはこの曲はウィーン・フィルと入れて欲しかったなぁと思っています。バーンスタインのこの「復活」に関しては私にとっても、少し胃もたれを起こすテンポだなぁというのが第一印象でした。次の音、次のフレーズが出てくるまで、待ちきれない箇所があり、そこでこの演奏に入り込めない瞬間が出てきてしまうんです。もちろん、他の指揮者でもこのようなことはよくあります。カラヤンでも、おもいっきり溜めてから音が出てくることもあり、びっくりすることがあります。以前紹介した「フィンランディア」なども、遅いテンポを好まない人からすると同じように胃もたれを起こすかもしれませんね。同じ遅くても、3番や5番、9番はよくぞこのテンポで!と思うのですが、この「復活」のテンポ感は私とは少し違うようです。4楽章の「原光」はたっぷりとしていていいと思いますよ。ソロのルートヴィッヒが何といっても素晴らしい‼

               

私が最終的にたどりついた「復活」のベスト盤はこれ!  

               

アバドウィーン・フィルの演奏です。これを買ったときは、毎日のように繰り返し聴いていたのを今でも覚えています。1992年の録音です。アバドの「復活」というと、このルツェルン祝祭管弦楽団との演奏

               

の方が評価が高いようですが、私はウィーン・フィル盤の方が落ち着きがあり、好きです。ルツェルンとの演奏の方が推進力、即興性が散りばめられているとは思いますが、緻密さ、この曲の持つ冷静さ、そこからの盛り上がりを考えると、「静」のアバドが「動」のアバドへと変化していくこのウィーン・フィル盤をお勧めします。ルツェルンの演奏は、最初からアバド、オーケストラともに意気込みが凄いのか、最初の1音目から気迫に満ちています。1楽章からすごい緊張感で素晴らしいのですが、最初から「動」の音楽が展開されているため、5楽章の盛り上がりまでの幅が少なく感じられてしまうんです。1996年にベルリン・フィルとの来日公演でもこの曲を取り上げていました。TVで放送されたのを聴きましたが、このウィーン・フィル盤ほどできはよくなかったように感じました(これはTV収録の録音の問題かもしれませんが)。ですから、私としてはウィーン・フィルとの息の合った緻密な「復活」がいいのではないかと思っています。

アバドにとって、この曲はとても大切な曲であったと思います。1965年のザルツブルク音楽祭カラヤンアバドを招きました。その際に演奏したのがこの「復活」でした。この演奏の翌年、ベルリン・フィルへ初登場することになり、その後、ザルツブルク音楽祭へも再登場することになりました。人生の節目、節目で取り上げていたのも納得ですね。

というわけで、今回は大雑把な説明の記事となってしまいましたが、興味の湧いた方は、是非聴いてみて下さいね。

マニアックなクラシック音楽の話題ばかりのブログですが、ここ数カ月はアクセス数が200を超えるようになってきました。アクセスして下さっている方、本当にありがとうございます。来年も、懲りずにクラッシックネタを中心に綴っていきたいと思います。末永く、お付き合い、宜しくお願い致します。

それでは、皆様、良いお年をお迎えください♫

 

ドヴォルザーク チェロ協奏曲

メリークリスマス‼🎄

クリスマスイヴですが、クリスマスとは無縁な記事ですみません。🙇

さて、先日、NHKで日本音楽コンクールのチェロ部門の特集をやっていました。その中で、本選の曲であるドヴォルザークのチェロ協奏曲が色々と取り上げられていました。それに触発されて、ついついCDラックからこの曲を取り出してしまいました♫

チェロ協奏曲といえば、エルガ―の協奏曲かドヴォルザークの協奏曲が思い浮かぶのではないでしょうか(もちろんハイドンシューマンショスタコーヴィッチなどのすばらしい協奏曲もありますが)。

私はチェロ協奏曲というとやはりドヴォルザークの協奏曲が一番かなと思います。トランペットで何度かこの曲を演奏しましたし、下振りでオーケストラを指揮もしました。

そんな思い入れの強い曲ですが、この曲のベスト盤は、私の中ではやはりこれです!

               

そう、ロストロポーヴィチソリストに迎えた、カラヤンベルリン・フィルの演奏です。この演奏は、色々な名盤特集でも選ばれている演奏だと思います。この時代に不適切な表現かもしれませんが、男らしい、がっしりとした演奏とでも言いますか、チェロとオーケストラががっつりと向かい合った、まるで横綱同士ががっちりと組んだ相撲のような演奏だと思います。とにかく線が太いという印象を受けます。

1楽章は冒頭のクラリネットからして音量は小さいもののやはり太い密度のある演奏から始まります。そして弦楽器がメロディーを引き継ぎ、壮大に音楽が広がっていきます。協奏曲というよりは、ここだけで交響曲か?と思ってしまうほどの充実さです。その後、いよいよロストロポーヴィチのソロが登場するわけですが、先程も書きましたが、ベルリン・フィルの壮大さに真っ向に立ち向かうかのごとく、チェロの重厚な太い音が響き渡ります。本当にずっしりとした演奏です。音が途切れないと言いましょうか、とにかくいい意味で、音がずっと鳴り響いているチェロが奏でられています。ロストロポーヴィチの演奏の凄さが満喫できる演奏ではないでしょうか。このロストロポーヴィチの音に負けじと、またカラヤンベルリン・フィルをうまくあおりつつもコントロールしながらチェロを包み込んでいきます。しかし、チェロとオーケストラは見事に分かれて聴こえてきます。分かれていると書きましたが、調和しつつ音がきちんと聴きとれる演奏になっています。約15分間、ずっと音楽に引きこまれっぱなしになります。

次の2楽章はやはり音は太いと思います。これは好みの分かれる所でしょう。フルニエのような音色をいいとする人もいれば、マイスキーのような音色を好む人もいるでしょう。しかしながら、ロストロポーヴィチの演奏はしっかりと繊細さも表現しています。1楽章のソロの男らしさとは全く別次元の太くて優しい音が奏でられます。特に重音を奏でる後半のソロは絶品だと思います。そこに寄り添うベルリン・フィル木管もこの上もなく素晴らしい音色だと思います。

最後の3楽章は、軽くなりすぎてお祭り騒ぎで終わってしまう演奏が結構あるような気がするのですが、この演奏はその心配は全くありませんね。どっしりとした安定感のある演奏です。要所要所の金管楽器の響きも上鳴りすることなく、重心の低い広がりです。ある意味立派過ぎてドヴォルザークの土臭さといった点はあまり感じられないかもしれませんが、堂々とした演奏であることには間違いありません。コンマスとの絡みも絶妙で、オケとロストロポーヴィチが一体化しているかのようです。カラヤンがよくソロにつけているといってもいいのかもしれません。ただ、感情的にもっと動きそうな部分も比較的インテンポで奏でていると感じられるかもしれません。もっとエモーショナルなスタイルを求める人はいるでしょうね。

最後のソロが終了した後、トランペットがファンファーレを奏で、曲の終わりに向かっていきます。ここでもう一度しっかりと重心の低いベルリン・フィルが戻ってきます。(残念ながらこの曲の最後の音ですが、トランペットは無いんです。他の楽器が気持ちよさそうに最後の音を吹いているのをいつも聴いています‥‥)

 

というわけで、私の一番好きな「ドヴォコン」を紹介しましたが、ロストロポーヴィチがもうこれ以上の演奏はできない。これ以降、録音はしないと決めた演奏はこれです。

               

カラヤンの弟子である小澤征爾ボストン交響楽団との演奏です。小澤さんとロストロポーヴィチは80年代以降かなり親密な関係でしたね。サイトウ・キネン・オーケストラともR・シュトラウスの「ドン・キホーテ」などで共演してましたし、何より、小澤さんがN響との関係を修復したコンサートでは、このドヴォルザークのチェロ協奏曲をロストロポーヴィチと一緒に演奏していました。その演奏もなかなか良かったとは思いますが、ロストロポーヴィチのテクニック的な部分はこちらのCDの方がやはりいいのではないかと思います。カラヤンベルリン・フィルの演奏よりもテンポは速く、スタイリッシュな仕上がりです。こちらの方がロストロポーヴィチが自由に動いているので、こちらの演奏の方が面白いと思われる方も多いかもしれませんね。

カラヤンのこの協奏曲はとても魅力的だと思うし、カラヤンに合っていると思うのですが、ベルリン・フィルのシェフになってからはなんと、この録音を行った1968年から1969年の1年間しか演奏会で取り上げていないんです。とても不思議です。しかも、ロストロポーヴィチ以外とは演奏していないんです。(アーヘン時代は数回、違う方と演奏したという記録は残っています)ロストロポーヴィチしかこの曲のソリストは考えられないとカラヤンは考えたのでしょうか?ロストロポーヴィチとの共演がこれ以降ないようなので、(その理由もよくわかりませんが、政治的な部分もあったのかもしれませんね)どうしてこの曲をこの後演奏しなくなったのかはちょっとよくわかりません。今後、調べてみようと思います。

というわけで、今回は私の好きなチェロ協奏曲について語ってみました。冒頭で書いた、日本音楽コンクールの番組も面白かったです。NHKプラスなどで見てみて下さい。

それから、本日、夜中ですが、NHKBSのプレミアムシアターでカラヤンベルリン・フィルチャイコフスキー交響曲4・5・6番をリマスター版で放送するそうです。とても楽しめる演奏だと思います。私はDVDでも録画でも持っているので、今日はゆっくり寝ようと思います♫

 

 

ベートーヴェンの「田園交響曲」

今回は優しくゆったりとした曲、ベートーヴェン交響曲第6番「田園」について綴っていこうと思います。

この交響曲は普通の交響曲とは次元の違った曲だと思っています。言い方が難しいのですが、もしかすると、交響曲というジャンルには収まっていない曲なのではないか。新たなジャンルとして確立されていてもよかった曲なのではないかと感じています。交響曲の中には多くの優れたものがあると思いますが、そもそも他の交響曲と比べられないような気がしているのは私だけでしょうか?

ずばり、私の推し演奏はこちら!(以前にも少しこの演奏のことを書いたかもしれませんね。)

               

エーリッヒ・クライバーアムステルダムコンセルトヘボウの演奏です。父クライバーの方の演奏です。このLPが我が家にはあり、小さい頃にこの演奏を聴いて育ちました。私の父が「田園はこの演奏が1番」と自信を持って私に説明してくれました。他にも我が家にはワルター&コロンビア交響楽団という世間で名盤とされているLPもありました。ワルターの演奏もとてもいいと思います。しかし、私も何となくではありますが、ワルターの演奏よりも、このエーリッヒ・クライバーの演奏がいいと思いました。ワルターの演奏は現在、このCDを所有しています。

               

エーリッヒ・クライバーの演奏は、出だしですぐに引き込まれるような魅力的な演奏です。テンポはかなり速い分類に入るのではないかと思います。しかしながら、「速い!」と思わせないような演奏なんです。中身が詰まっているとでも言いましょうか。密度が高い分、音楽が横滑りにならず、このテンポでも心地よく聴けるのではないかと思います。テンポだけで比べると、カラヤンベルリン・フィルとそう変わらないのではと思いますが、カラヤンの演奏は一般的には「特急電車に乗って見ている田園風景」のように言われていますね。そこまでとは思いませんが、カラヤン好きの私も、田園に関しては少しテンポが速いかなぁと思います。そう考えると、テンポはほぼ同じでもこれだけ印象が違うというのは、本当に驚きです。一般的に田園はもう少しゆったりしたテンポで演奏されているように思います。

               

こちら、バーンスタインウィーン・フィルの演奏もなかなかいいのですが、私にはちょっと遅めに感じられます。でもこのあたりのテンポの方が皆さんの好みなのかもしれませんね。このバーンスタイン盤も評判はいいようですが、個人的にテンポをいじりすぎている気がして、本当に気分がゆったりしている時でないと、逆に落ち着かなくなってしまいます。1楽章の終わりなどはもう少し自然なリタルダントであればなぁと思っています。それに比べ、エーリッヒ・クライバー版は本当に自然といいますか、しっくりとくる演奏なんです。体の中にそのまま抵抗なく入ってくる感じがします。こういうフィーリングになることって、滅多にないのではないかと思います。もっと感情的に喜怒哀楽として伝わってくる曲は色々あると思うのですが、自然に体が受け付けるって、やはり、次元の違う曲なんだと思います。

この「田園交響曲」は出だしで80%気いるかどうかが決まってしまうのではないかと思います。(「運命」もそうかもしれませんね)私は幸か不幸か、田園を初めて聴いた演奏がこのエーリッヒ・クライバーだったので、この出だし以外はあまり受け付けなくなってしまいました。テンポは私の感覚とあまり会わないはずなのですが、意外や意外、フルトヴェングラーウィーン・フィルの演奏を最近CDで聴いて、そこそこヒットした気がしました。皆さんの想像通り、遅いんです。でもなんだか嫌な感じがしなかったので、体が受け入れているのだと思います。

もう一か所、私がこの曲の決め手になると思っているのが5楽章の中間部です。中間部で弦楽器がリズムだけを刻み、そのリズムが次第に大きな流れになっていく部分が出てきます。そのリズムの刻みの時に、演奏していないはずの5楽章の冒頭のメロディーが浮かんでくるかどうかが私にとってとても大事なんです。浮かんでくるというよりは聴こえてくる演奏でなければだめだと思っています。それを一番体験できるのが、やはりこのエーリッヒ・クライバーアムステルダムコンセルトヘボウの演奏なんです。何となくメロディーが聴こえてくる演奏はあるのですが、エーリッヒ・クライバーほどははっきりと浮かび上がってきません。もちろん、これは私の感覚での話です。皆さんが好みの田園をお聴きになった時には、その演奏でここの部分のメロディーが聴こえているかもしれません。または、ここはメロディーが聴こえてくる必要はなく、リズムが大切だと考えることもできます。解釈も色々ですから。でも、私のこだわりはここなんです。お分かりいただけますかね?

2楽章から4楽章をかなりすっ飛ばしていましたが、冒頭と5楽章の中間部。ここがこの曲の肝なんだと私は思っています。この田園を演奏したことはあるのですが、残念ながらトランペットは私の肝と思っている部分には音は無いんです。ですから、4楽章の嵐の場面で頑張って吹きました♫

さて、このエーリッヒ・クライバーの田園の影響があったかどうかは定かではありませんが、かの有名な息子のカルロス・クライバーはあまりこの交響曲を取り上げなかったそうです。しかし、カルロスの死後、テープで保管されていたライブの田園が発売されて話題になりました。そのCDがこちら。

               

カルロスの息子が田園を演奏して欲しいというリクエストに応えての演奏だったようです。発売された当初は、「天才的な演奏」、「こんな流れるような田園は今までにない」といった評が多くみられましたが、正規録音でないため、音質はあまり良くありません。私も息子クライバーは大好きですが、果たして本当にそんなに素晴らしい演奏かというと、私は?だと思っています。私にとってはただ速い方のグループに属するのではないかなと感じています。特に5楽章はそれほどメロディーが聴こえてこないんです。「カルロス・クライバー」の演奏と分からずに聴いたら、「素晴らしい!」とはならないような気がします。「カルロスの演奏だ」と分かっているので、その分、+の何かが作用してしまうかもしれませんね。

というわけで、今回はベートーヴェンの「田園」を取り上げてみました。今回取り上げなかった演奏も我が家には眠っているので、また掘り起こしてみようと思います。

 

大好きな交響詩「ツァラトゥストラ」♬

早いものでもう師走になりましたね。しかしながら、師走らしからぬ暖かな日が続きますね。

さて、前回はネガティブなテーマで綴ってしまったので、今回は私の大好きな交響詩について語りたいと思います。

ずばり、私の大好きな交響詩は、R・シュトラウス作曲の「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30です。この曲は、曲名を知らない人でも、「ドーソードー」の自然の動機なら知っているという人が多いのではないでしょうか。またはスタンリー・キューブリック監督の作製した映画「2001年宇宙の旅」で使われた曲と言えばわかる人が多いと思います。むしろ、本当の曲名にたどり着けていない人の方が多いかもしれないですね(笑)。

実はこの映画のサウンドトラック、カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルとなっているようですが、実際の映画ではカラヤンウィーン・フィル(1959年)の演奏が使われているそうです。その演奏がこちら。

               

この演奏でこの曲が好きになった人も多いと思います。

この他に私はカラヤンベルリン・フィルの録音を3つ、カラヤンウィーン・フィルの録音を1つ持っていますが、今回はドイツ・グラモフォン版の2つの演奏を取り上げたいと思います。その2つがこちら。

           

前者が1973年の録音、後者が1983年録音。ちょうど10年後の録音となります。アナログ録音とデジタル録音の違いも楽しめますね。

さて、この3つの演奏の比較ですが、どれも素晴らしいんです。本当に好みの問題かなと思いますが、個人的には1973年版が一番お勧めだと思っています。

まず、「ドーソードー」と冒頭のトランペットが静かに奏でる(音は簡単なんですけど、指揮者の要求通り静かに音に変なアクセントを付けないで吹くのは、超難しいんですよ!)自然の動機。このあと、「チャンチャア~♪」と音楽が続いていくんですが、ここにカラヤンの特徴があるんです。この「チャンチャア~♪」の部分。譜面的には4拍目の16分音符+次の小節の全音符で「チャンチャア~♪」となっています。(譜面で表せないのでわかりづらくてすみません)しかしながら、この譜割でいくと、カラヤンの演奏はもしかすると正しくないのかもしれません。カラヤンは16分音符の部分を32分音符くらいに処理してるといってもいいかもしれません。なので、他の指揮者よりも16分音符は短く、「チャチャア~」と聴こえると思います。この解釈を間違いととらえている方もいるとは思いますが、この曲に限らず、音の長さやアーティキュレーションを変えることはまあまああるので、そういった意味では許容範囲かもしれません。私はむしろ、自然の動機、または日の出との称されるこの冒頭に関しては、カラヤンの演奏がベストだと思っています。太陽の動き、自然は止まることなく流れています。この譜割通りに演奏すると16分音符と全音符の間に一瞬空白ができ、音楽が止まってしまうケースをよく耳にします。ですから、16分音符ではないとしても、短めの16分音符で解釈をしているカラヤンの演奏が私には自然に聴こえるんです。

このトランペットの演奏後にティンパニが活躍しますが、ベルリン・フィル版の演奏ではカラヤンお気に入りのフォーグラー氏が叩いているそうです。1973年版の方では年代的にテーリヒェンという名ティンパニストが叩いているのかなと勝手に想像していましたが、直接この録音に立ち会ったという方が、このティンパニはフォーグラーさんが叩いていたとおっしゃってたので、その記憶が正しければ、2つとも同じティンパニストが叩いているということになりますね。(テーリヒェン氏は在団中、カラヤンと演奏解釈でかなり揉めており、1970年代後半からのカラヤンの演奏にはあまり参加していないようでした)

色々書きましたが、ウィーン・フィル版、2つのベルリン・フィル版、多少テンポの違いはありますが、演奏スタイルはほぼ一緒です。最新録音は若干トランペットを滑らかく吹かせている感じはします。1973年版はかっちりと吹かせていて、テンポもこの中では一番ゆったりしています。この序奏が1分30秒~50秒で終わるのですが、最後はパイプオルガンが荘厳に響き渡ります。ところが、ウィーン・フィル版のこの響きは非常に貧相で、なんでこんなに音が小さいの?長さも中途半端なの?と思ってしまいます。録音処理のミスなのでしょうか。ベルリン・フィル版の2つがしっかりしているだけにここはちょっと疑問です。

冒頭以降、大きな曲の流れは3つの版ともだいたい同じなのですが、決定的にテンポの違いが表れているのが、「歓喜と情熱について」という部分の演奏です。最新録音ではテンポがグッと落ちています。ホルンが細かい音符のメロディーを奏でていくのですが、旧録音の2つの版は比較的速いテンポで流れていくように演奏されるのに対して、83年の録音では一つ一つの音がはっきりと聴き取れるくらい丁寧にしかも重たく演奏している印象を受けます。まさに「情熱」度合がいい意味で増しているのかなと思います。ここもどちらのテンポがいいというわけではなく、どちらも味のある演奏だと感じました。

この曲でもう一か所ポイントになる部分と言えば、3拍子の「舞踏の歌」の部分ではないでしょうか。ここではコンサートマスターのソロがあり、コンサートマスターの音色やテクニックが楽しめる部分です。ウィーン・フィル版はかの有名なウィリー・ボスコフスキーが、1973年版はベルリン・フィルの顔とうたわれたミシェル・シュヴァルベが、1983年版はトマス・ブランディスがそれぞれ受け持っています。艶やかで味のあるソロはやはりボスコフスキーでしょうか。堅実に、ある意味パーフェクトに奏でているのはカラヤンからの信頼が絶大だったシュヴァルベでしょうか。その間がブランディスではないかと思います。普通に聴けば、ブランディスのソロもものすごく素晴らしいんです。でも前者2人と比較すると少しだけ聴きおとりするかもしれませんね。私はこの曲の持つ硬さ(「ツァラトゥストラ」は哲学者なので)から考えて、シュヴァルベさんのソロが一番合っていると思っています。

というわけで、トータルとして1973年のベルリン・フィル版が私の一押しの演奏になります。もともと、私もこの曲に強い関心を持ったきっかけが、カラヤンが亡くなった時の番組の特集で、最初に流れていたのがこの曲で、曲名が分からず、色々と調べたことでした。

今回紹介しなかった2つのCDは、ウィーン・フィルベルリン・フィルそれぞれライブ録音のものなのですが、音がそれほどいい録音ではないので、冒頭の盛り上がりがいまひとつだったり、中間部の美しさが今回紹介したものほど伝わってこないかなという印象です。しかし、ライブなのに傷が少ないのには驚きです。この曲は演奏が難しいと思うのですが、さすが世界の2トップと言われるオーケストラですね。

ライブといって、最後に紹介するのがこのDVD。以前、モーツァルトのディベルティメントの際にも紹介したライブの演奏会です。

               

前半がモーツァルトのディヴェルティメント17番、後半が「ツァラトゥストラはかく語りき」というプログラム。1987年の演奏です。カラヤンはだいぶ足腰が弱り、指揮台に行くまでにとても大変そうなのですが、この「ツァラトゥストラはかく語りき」が始まると、まるで別人のように凛と指揮台に立って(指揮台の手すりの部分にサドルが付いていて、それに実際は腰かけている感じなのですが)格好よく指揮を始めます。目は鋭く、活力が漲っていますね。この演奏、ライブであり、やはり演奏ミスがあまりなと思います。ライブでここまでほぼ完璧なのは本当に凄いと思います。視覚的な効果もあるとは思いますが、1973年版の演奏よりもこちらの演奏の方が好きかもしれません。この演奏のコンサートマスターはレオン・シュピーラー氏。この方もカラヤンから信頼されていましたね。シュピーラーさんのソロはちょっと音程が?の部分がありますが、そのマイナス面を差し引いても、この演奏は録音版よりもいいのではないでしょうか。

だいぶ長く語ってしまいましたが、私のこの曲への思いを分かって頂けたでしょうか?

おまけで、カラヤンが亡くなった後、しばらくこの曲をベルリン・フィルで録音する人はいなかったようです。ところが、1996年、ゲオルグショルティが録音しました。しかもライブレコーディング。この演奏も素晴らしいですよ。冒頭部分はどちらかというとカラヤンを意識しているのではと思わせるスタイルです。そのCDがこちら。

                

このCDの初回限定盤はピュアゴールドCD。これはそう珍しくないのですが、貴重なのは、色々な指揮者の、この「ツァラトゥストラはかく語りき」の冒頭部分だけを集めた特典シングル盤のCDが付いていること。ここにカラヤンウィーン・フィルの演奏が収録されており、「映画「2001年宇宙の旅」のオリジナル音源」とはっきりと書かれています。他にはズービン・メータ&ロスアンジェルス・フィルやアンタル・ドラティデトロイト交響楽団やウラディミール・アシュケナージクリーブランド管弦楽団の演奏などが収められています。なかなか面白いおまけですよね。でもやぱりカラヤンの演奏がいいなぁと改めて感じました。

 

しっくりこない宗教曲

まもなく師走ですが、なんとも温かな気候ですね。

さて、宗教曲が大好きな私ですが、超有名な宗教曲で2曲ほど自分の中でしっくりこないものがあるんです。

1つ目がバッハの「ミサ曲ロ短調」。そしてもう1曲がベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)」です。

バッハもベートーヴェンも基本的には大好きなのですが、なぜかこの2曲の”響き″がしっくりとこないんです。感覚論で申し訳ないのですが、要所要所で自分にとって心地よくないハーモニーが聴こえてくる気がします。決して調性の問題ではないと思います。特にベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」はなぜかなかなか聴こうとしなかった自分がいました。ベートーヴェンの大曲のこのミサを全く聴きたいと思えなかったんです。ようやく重い腰をあげて、聴いたのですが、予想通りと言いますか、他の宗教曲のような感動は得られませんでした。「ミサ・ソレムニス」を初めて聴いた時は、カラヤンではなく、バーンスタインアムステルダムコンセルトヘボウのCDの演奏でした。その後、カラヤンを聴いてみましたが、どちらもしっくりときませんでした。恐らく、演奏者の問題ではなく、この曲と私の相性がいまひとつなのでしょう。グローリアがちょこまかしているうえにちょっとうるさい気がします。クレドの部分は逆に軽すぎでは?と思ってしまいます。

それがバッハの「ミサ曲ロ短調」にも言えます。この曲を聴いてみようと思ったのは、カラヤンの映像作品「カラヤン・イン・ザルツブルク」の中で、韓国のソプラノ歌手、スミ・ジョーがこの曲のリハーサルをカラヤンとする場面が収録されていたことがきっかけでした。このリハーサルの部分のメゾ・ソプラノとの二重唱はとても美しく、綺麗だと思いましたが、冒頭や随所にみられる強奏の響きが私にはちょっとギラギラしているように聴こえるんです。なので落ち着いてしっくりと聴いていられなくなってしまうんです。

現在、所有しているのがカラヤンのこのCD。

          

 

あまり一般的な音楽評論を鵜呑みにするべきではなく、自分の感覚で楽しむことが大切だと思っている私ですが、この2曲の宗教曲に関しては、カラヤンはあまりうまく演奏できていなかった的な話題をよく見かけますが、その通りなのかもと思っています。

ロ短調ミサは、カラヤンが若かりし頃、1度録音をし、それが大変すばらしかったそうです。(この録音も私は聴いていません)この若かりし演奏を上回る録音にすべく、満を持して70年代にベルリン・フィルとレコーディングに臨んだのがこの演奏なのですが、録音後、カラヤン本人、思うようにいい演奏ができなかったと漏らしていたそうです。昔の自分を超えられず、失望感を覚えたプロジェクトになってしまったようです。この演奏の評判もあまり芳しくないものが多いですね。(カラヤンマタイ受難曲は評価が分かれますが、私は好きです。よく聴いていますよ♫)

ミサ・ソレムニスは3度録音(3度目の録音と映像作品がほぼ同時期)していますが、評価的には、精神性があまり感じられない表面的な響きの演奏と言われる傾向にあるようです。(この評価はカラヤンのどの演奏に付けられるものではありますが)

たまたまですが、この2曲に関してはカラヤンの演奏、解釈はあまり好みではありません。音楽批評にあまり流されない私ですが、この2曲は評論家の方々と同じ感じ方をしているかもしれません。というよりも、先ほども書きましたが、カラヤンの問題ではなく、誰が演奏しても、私にはしっくりとこない曲なのかもしれません。

なのに、どういうわけか、この2曲を続けて聴いてしまいました。どうしてそんな聴き方をしたのかは??です。

今回は自分が直感的に合わないと思う曲を取り上げてみました。

この2曲が大好きな方には申し訳ないブログでした。私が、「こんな素晴らしい演奏があったんだ!」と思えるものがありましたら、是非教えて下さいね。

 

 

フィンランディア

シベリウスの代表作と言えば、「フィンランディア!」と答える人が多いのではないでしょうか。もちろん、交響曲やヴァイオリン協奏曲も素晴らしいですが、万人に認知されているのは、やはり「フィンランディア」なのではないかと思います。私も中学生時代、吹奏楽でこの「フィンラディア」をやってみようという話になり、シベリウスを知った次第です。

さて、この曲、それほど演奏時間が長いわけでもなく、要所要所で盛り上がり、中間部がとても綺麗、そしてクライマックスは大合奏という様々な要素から、演奏会に取り上げられる機会も多い曲ではないかと思います。私も少なくとも5回は演奏しております。

今、演奏時間が長くないと記しました。一般的には7分~8分くらいの演奏時間でしょうか。ところが、この7~8分の間でテンポが千差万別といいますか、これほどバリエーションがある短めの交響詩も珍しい気がします。

まず、冒頭。当時のフィンランドがロシアの圧政で苦しんでおり、その重苦しい雰囲気が金管楽器で奏でられます。まず、このテンポが本当に様々です。私が初めてこの曲を聴いたのは、N響アワーで放送された、ホルスト・シュタイン指揮&NHK交響楽団の演奏でした。その演奏は比較的スピーディーでした。個人的にはこのシュタインの演奏がオーソドックスなのかと思っていたら、冒頭はもっとどろどろと重々しく演奏しているものが多いようです。冒頭だけでもしかすると倍近くテンポが違うかもしれません。冒頭が遅いと、その後のトランペットの短調のファンファーレもそのまま引きずるように遅い演奏となる傾向にあるようですが、意外とここでテンポアップしていくスタイルもあるようです。

そして、ティンパニの演奏後、長調に転じた主題部に移りますが、ここのテンポ感は一定なような気がします。(もちろんものすごく速い、やや遅いはありますが)どの演奏も「まぁ、こんな感じだよね♫」といった安心感があります。ダイナミックスレンジやアクセントの付け方、歌わせ方で差は出ますが、冒頭から考えると、ここではテンポによる差というのはあまり感じないかもしれません。

その後、有名な讃美歌風の旋律に入ります。この部分に歌詞がついて歌われたりもしていますね。とてもきれいな旋律です。やはりここはテンポ設定の差が大きく出ている場所だと思います。たっぷりとゆっくり歌わせているタイプ。テンポは中庸ながら、流れを大切にするタイプ。意外や意外、テンポは速く、どんどん進んでしまうタイプ。好みが本当に分かれてくる部分だと思います。私がこの曲を最後に演奏した時は、3つ目のタイプの指揮者でした。

ラストはまた荘厳にたっぷりと歌い上げる指揮者が多いようです。ここはクライマックスということもあり、似たようなテンポ感があるようです。もちろん前に紹介したショスタコーヴィッチの革命同様、テンポを落とさずに突っ込むタイプもいますが、この曲はテンポを落とすのが普通ではないかと思います。

 

このような「フィンランディア」ですが、自分が指揮をする際に参考にしようとカラヤンベルリン・フィルを聴いて衝撃を受けたのを今でも覚えています。カラヤンの「フィンランディア」はとにかく重く、遅い!こんな重々しい解釈があるのかと本当に驚きました。でも、今ではこれが私のスタンダードになっているような気がします。

カラヤンの演奏はと言いますと、言わずもがな、冒頭は遅い。重たい(ここではいい意味で重たいんです)。その後の短調のトランペットのファンファーレ部分も遅い。中間の主題は一般的なテンポ。そして讃美歌風の旋律はとてもゆったりしたカラヤン流のレガート演奏(これを重たすぎ、もたついていると評する人もいることでしょう。それはその方の感じ方なので否定はしません)。私はとても美しいと思います。かなり遅めのテンポで、管楽器のブレスが大変だろうなぁと思いながら聴いてますが、さすがは天下のベルリン・フィルですね。造作もなく演奏している感じです。そして最後はカラヤンらしい荘厳なたっぷりとしたテンポで、ベルリン・フィルが吠えまくっています。

というわけで、カラヤンの演奏は、なんと9分30秒もかかってしまうんです。一般的な(一般的という言い方が正しいかは?ですが)演奏よりも1分以上遅いのではないかと思います。でも、シベリウスがこの曲を作曲した当時のフィンランドの雰囲気を実にうまく捉えているのではないかと思います。ちなみに私は現在2枚のカラヤンベルリン・フィルのCDを所有しています。

              

 

東芝EMI盤とドイツ・グラモフォン盤です。この2つの盤。私はあまり気に入っていないんです。私が衝撃を受けたのはカラヤンの1964年の演奏でした。(この盤は現在、実家に眠っていると思われます)この64年の演奏はイエス・キリスト教会での録音、残りの2つがベルリンホールでの録音です。場所の違いもあるとは思いますが、響きといい、勢いといい、私は64年盤が1番迫力があり、演奏の一体感もありベストかなと思っています。上記の2つの録音に関しては、トライアングルがずれていたり、ティンパニが?という部分があったりと、録音をし直すこともできたであろう箇所が散見されます。(無理に直すことはないので、全体として良し!という判断が下ったのかもしれませんね。流れも大切ですから。)響きも少し薄い気がして。他の曲でベルリンホールで録音した曲の中には響きがしっかりとしているものもあるので、ホールのせいではないと思われます。今回もこの2枚を聴き直してみましたが、やはり64年盤には及ばないかな?という印象でした。こういった曲は、カラヤンの60年代の溌剌とした勢いのある時期にぴったりだったのかもしれません。とはいえ、解釈が大きく変わっているわけでありません。若い時からすでにカラヤンの中ではこの曲のイメージが完成していたということでしょう。すごいことですね。

カラヤン盤の遅さを体験したことがなかった方は、是非聴いてみて下さい♫

 

ジョン・ウィリアムズ

急に寒くまりました。皆さん、体調はいかがでしょうか?

さて、先日、NHKEテレで「セイジ・オザワ松本フェスティバル2023」の演奏会が放映されていました。小澤征爾さんが直接タクトをとっての演奏会はなかなか難しいですね。そんな中、今年はジョン・ウィリアムズが自作を指揮するというとても楽しそうなプログラムが取り上げられていました。

曲は・「雅の鐘」「Tributes!」「遥かなる大地へ」「E.T」「ハリー・ポッター」「シンドラーのリスト」「スター・ウォーズ」など演奏されていました。

今回、サイトウ・キネン・オーケストラが演奏を担当していました。言わずもがな、世界で活躍している一流のプレーヤーが集結するドリームオーケストラですから、当然、テクニック的には上手いわけです。細かい音も、ハイトーンも素晴らしかったです。とても楽しめる演奏会ではあったかなと思います。(サイトウキネンフェスティバルがスタートした当初はメンバーのかかわりがもっと深かったと思いますが、現在のメンバーはワールドワイドになり、世代も変わり、どのくらいのつながりがあるのあかはちょっと分からなくなってきたような気はしています)

ジョン・ウィリアムズは今回のような演奏会を多々指揮しています。今回はサイトウ・キネン・オーケストラ。他にもベルリン・フィル、そしてウィーン・フィルとも行っています。この3つの中で一番最初に行ったのがウィーン・フィルとの演奏会。そのCD、DVDがこちらです。

               

ウィーン・フィルがまさか、こういった映画音楽をやるとは!と、かなり話題になりました。その後、ベルリン・フィルとも行い、大成功だったように記憶しています。ベルリン・フィルとの演奏会もCDになっていますね。残念ながら、私はベルリン・フィルとの演奏会のCDは所持していません。

さて、この3つの素晴らしいオーケストラでの演奏会ですが、私はこの、ウィーン・フィルとの演奏会が格段に素晴らしいと思っています。サイトウ・キネンとの演奏も素晴らしいとは思ましたが、ハートフルといいますか、団員の楽しみ方、表情が、このウィーン・フィルとの演奏会では特に素晴らしかったというか、観ていて楽しかったです。観ていても楽しいって、クラシックのコンサートではそう多くないと思います(プログラム的に楽しい!というのは特別なコンサートになる可能性が高いような気がします)。ベルリン・フィルとの演奏会もうまいし、かっこいいんです。(そう、この演奏会はとにかくかっこいい!という形容が似合っていると思います)でも、ウィーン・フィルはとにかく楽しそう。ジョン・ウィリアムズと共演するのがウィーン・フィルとしても長年の夢だったようで、それが実現し、相思相愛の関係で演奏会が進んでいる様子が観ていても、聴いていても感じられるとってもいい演奏です。ミスやテンポがおかしい部分は実はたくさんあるんです。先程から述べているように、テクニック的にはベルリン・フィルとの演奏、サイトウ・キネンとの演奏の方が上だと思います。スター・ウォーズのメインテーマはメロディーと伴奏がずれずれになってしまい(トランペットが気持ちよく吹きすぎて遅くなっているのが原因かもしれません)崩壊寸前なんですが、なんとか持ち直します。でも不思議と面白い、味のある演奏なんですよね♫

ちょっとリラックスして音楽を楽しみたい時には、是非、このウィーン・フィルジョン・ウィリアムズの演奏を聴いてみて下さい。(映画好きの方はかえって興奮してしまいますかね?)